しずみんの まう・まかん
お題:アジアごはん

水底 沈

●キーワードは「めし」だ

私は自分ちの台所でエスニック料理をつくるのが趣味なので、よく手持ちの食材を使ってあれやこれやとおかずをこしらえる。インドネシア料理、タイ料理、インド料理などなど。
しばしば食卓に登場するエスニックおかずには共通点がある。それは、「めしに合う」ということである。
私も同居人も、麦入りのごはんを炊いてもりもり食べるのが好きだ。麺類もよく食べるけれど、やはりごはんなしには生きてゆけない。
そして、おかずに合うごはんというのは、ねっとり粘ってうまみが濃いコシヒカリ系の米よりも、さらっとしたササニシキやニホンバレ、ヒノヒカリなどなのである。まあ、好みもあろうが、うちの場合は「さくさくさらりと胃に流れ込んでゆく」米が「うまいごはん」とされている。粘りけのあるうまみ(アミノ酸度)の濃い米は、ごはんだけで満足してしまうスターなのだ。
しかも、私は以前は「白米至上主義」だったのだが、バリ島に一カ月近く滞在して向こうのさらっとしたお米に慣れてしまってから、銀シャリが胃にもたれるようになってしまった(……おとろえてる?)。
以来、うちのごはんは米2:麦1の麦めしを炊いている。さらりごはんとは言え、土鍋で炊くのでぱさつかず、冷めてもおいしい。

●フィリピンとベトナムの煮物

それはさておき、米を「主食」として食べる国が多いアジアのおかずは、当然だがごはんによく合うものが多い。
中でも私が「むぅ〜う!」とうなったのは、フィリピンの「アドボ」というおかずである。
このおかず、レシピを参照していただければわかる通り、とっても「お肉」なおかずだ。
フィリピンでも、毎日食べるお惣菜と言うよりは、ちょっとしたお祝い事やもてなしに使うごちそうなのである。
鶏や豚がよく使われるが、同居人は山奥の村で自分の身長と同じぐらいのオオトカゲのアドボを食べてきた。
そんなめずらしいものは私にこそ向いているのに、ずるい。

そしてこの料理、本来は酢がココナツ酢であることや、ナンプラーがあればより本格的になるところをのぞけば、日本の台所にある材料でできる、めしなじみするおかずなのである。
酢と醤油に肉をつけ込み、ことこと煮込み始めると、台所になんだかとても安らぐ、なつかしいようなお総菜香がただよいはじめる。
油と醤油、酢。ことことことこと。ナンプラーでほのかに、魚ダシのにおい。
煮汁がとろりと煮詰まって、肉がほぐれるほどに柔らかくなった頃には、口の中はヨダレで満ちている。
胃液は濁流のようにごうごうと波打っている。早くごはんにしないと、危険が危ない。命が死ぬ。
お酢を使って味を濃く煮付けてあるため、けっこう日持ちのするこの「アドボ」なのだが、ごはんを炊くと瞬く間になくなってしまう。常備菜にならないよ…。
食べ終えた頃に「ああ、そういえば、これ、フィリピン料理だったんだなあ…」とふと思い出すほどに、ごはんになじんで日本人にも違和感のないアジアおかずだ。

アドボに並んでごはんに合うアジアおかずに「ティットヘウコー」というのがある。ベトナム料理だ。
これも豚肉を中心に甘辛く煮込んだお惣菜なのだが、こちらはココナツミルクのほの甘さが香り、台所は南国の香りで満ちあふれる。
さらに、豚肉にそっと寄り添っているのは、ころんと愛しいゆで玉子。鼻孔を突き刺すよいニオイにじっと耐え、肉が煮えた後こんろの火を止め、ひと晩じっとがまんして玉子に味を含ませるのだ。すると、固ゆでになった白身にじわりてらりと煮汁が染みこんで、世にもおいしい煮玉子が完成する。
豚の脂、甘辛いたれ、ほっくり煮えた煮玉子をごはんにのせ、ほぐし混ぜながら食べる。
やはりベースがしょうゆ味のため、日本の白いごはんが温かく迎え入れることのできる風味である。
この世に、うまいごはんとおかずをたらふく食べられるより幸せなことが他にあろうか。いや、ない(反語)。
ジア人になろう
「エスニック料理」というと、なんだかもの珍しくて「たまに食べるならいいけど、ふだんの食卓にはどうもね…」と敬遠しがちな人もいるかも知れない。「辛いんでしょ?」「あの臭い葉っぱがニガテ!」と、一部の食材やイメージだけで好き嫌いしているもったいない例も見られる。
しかし、レストランや観光ガイドのメニューに並んでいるのは、あくまでも「いかにもその国らしく珍しい料理」であり、そして「単価の高い、もうかる料理」なのである。
「日本料理と言えばスキヤキ、テンプラ、スシでしょ?」と偏って誤解しているようなものだ。
日本の日常のおかずには「いんげんのごま和え」や「なすのしぎ焼き」、「ねぎぬた」などがあるように、よその国にも日常の、地味だけどごはんによく合うシンプルなおかずが潜んでいる。
それに、「米を基本とする食生活」には、調味料の味の共通点が多いものだ。
インドネシアの甘醤油「ケチャップ・マニス」ははてしなくうなぎのタレに似ているし、タイには塩辛に似た調味料がいろいろある。ピーナツペーストはごま和えベースとほとんど同じように使えるし、大豆の発酵食品にも便利に使えるものが多い。
ごはんに合うことを前提に考えれば、エスニック料理というものにおよび腰になることもなく、「アジアごはん」としてぐっと身近に感じられるのだ。
日本人も、自分たちが「アジア人」であることに早く気付いて、もっと身近にある食を日常的に楽しみたいものである。

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