人は健康にならなければならない?
「健康増進法」考

牧下圭貴

 先日、健康情報研究センターの里見宏さんから、「健康増進法」という法律が成立したが、この法律と、背景にある「健康日本21」という国民運動には大きな問題があるというお話を聞きました。その後、私なりに調べ、法律と権利と義務について考えることが多くありました。

●健康保険法と健康増進法

 この健康増進法は、健康保険法の改正とあわせて審議されたものです。健康保険法が関心を集めていたため健康増進法はほとんど報道されませんでした。一部のマスコミが、タバコの分煙を規定したはじめての法律として紹介した程度です。
 国会の審議でも、この2法案が同時に審議されており、健康保険法をめぐる混乱の中でほとんど審議されませんでした。
 これまで「栄養改善法」という法律があり、国民の栄養向上や栄養表示、栄養調査などについて定めていましたが、これを廃止し、あらたにつくられたのが「健康増進法」です。栄養のことだけでなく、国民の健康を向上させることが目的の法律です。
 健康増進法は、健康増進計画や健康診断、健康診断など、健康と栄養の調査、指導などに関すること、栄養指導や特定給食施設での栄養管理、受動喫煙の防止、食品の特別用と表示、栄養表示基準に関することなどを記載しています。
 関心のある方はぜひ、法律文を読んでみてください。

●健康増進法の不思議
 どうして、今、健康増進法なのでしょう。経過が知りたくて、厚生労働省のホームページから過去の審議会議事録や国会の審議録などをひっくり返して読んでみました。
 すると、健康日本21という厚生労働省主導の国民運動が出てきました。財団法人健康・体力づくり事業財団が2000年から2010年まで行っているもので、この国民運動の法律的裏付けをつくるのが健康増進法のひとつの目的でした。
 高齢化が進む社会で、健康な状態のまま生きられるよう社会全体で個人の健康づくりを支援し、活力ある社会にしようというのが健康日本21の目的です。
 健康日本21の基本方針には、高齢化で社会負担が大きくなるため、検診や早期発見、治療だけでなく、国民を健康にすることで病気になりにくくすることが大切だという意味のことが書かれています。
 健康保険制度が破綻しつつある中、医療費を根本から減らすには国民が健康でなければならないという視点から作られたのが健康増進法だと考えると、健康保険法改正と健康増進法が一緒に国会で審議されたのがよく理解できます。

●健康増進法、健康日本21
 健康増進法、健康日本21とも、国民の健康と福祉を考えた前向きな取り組みだと評価することはできます。しかし、よく読むと、大丈夫かな、将来変なことにならないかな、という疑問も出てきます。それをいくつか指摘します。

(健康への努力は国民の責務)
 まず、第一に目を引くのが、健康増進法第2条の国民の責務です。「国民は、健康な生活習慣の重要性に対する関心と理解を深め、生涯にわたって、自らの健康状態を自覚するとともに、健康の増進に努めなければならない」と、個人の健康は個人の義務であることをうたっています。
 憲法25条には、
1 すべて国民は、健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有する。
2 国は、すべての生活部面について、社会福祉、社会保障及び公衆衛生の向上及び増進に努めなければならない。
 とありますが、健康増進法は、個人の責務として明記されています。
 権利が義務に変わりました。
 健康日本21でも、健康増進法の国会審議でも、健康は本来個人の主体的な問題だとしていますが、健康増進法では、それを「責務」としています。もちろん、罰則などはありませんが、「健康に努力しない人間は、国民の責務を果たしていない」という意味に読めます。この考えをちょっと進めると、「病気になる人間は、国民の責務を果たしていない」となりかねません。

(健康手帳)
 健康増進法第9条では、健康診査のほか、自らの健康管理のために必要な事項を記載する「健康手帳」の交付について書かれています。これについて、厚生労働省の審議会や国会審議で、個人の健康情報を個人がいつでも過去を参照できるよう健康手帳で自ら管理するものだとしています。国民すべての健康情報を国などが管理することになるのでは、という懸念に対し、現在のところ考えてはいないとしていますが、将来、データベースとして管理される懸念がないわけではありません。
 他の条文では、国民健康・栄養調査を行い、指定された調査世帯の人間は調査に協力しなければならないことが明記されています。
 さらに、がんや生活習慣病などは、国や地方公共団体が発生状況を把握するよう求めており、生活習慣との相関関係を調べるとしていますので、個人を特定できそうな情報が集められることは間違いありません。
 国民健康・栄養調査は世帯・個人を特定した情報のため、個人の秘密を「正当な理由なく」漏らしたときには、1年以下、50万円以下の罰金とする罰則規定はありますが、基本的な個人情報を保護する法律すらできていない現状では、決して安心できるとは言えません。

(国民運動健康日本21)
 わざわざ法律をつくってまで推進したいの健康日本21とはどんな国民運動なのでしょうか。健康日本21のホームページを読むと、あくまで健康は個人の主体的問題としながらも、具体的な数値目標を上げて、国民に健康を迫っています。ひとつひとつは、なるほど、とも思えますが、よく読むと、どうとらえていいものか、というものもあります。
「量、質ともにきちんとした食事をする人の増加」のために、「1日最低1食、きちんとした食事を、家族等2人以上で楽しく、30分以上かけてとる人の割合」を現状の成人56.3%から2010年には70%以上の人がそうなるよう取り組むそうです。
「日常生活における歩数の増加」のために、男性で現状8,202歩なのを2010年には9,200歩以上、女性で7,282歩を8,300歩以上にするとしています。つまり、それだけ多く毎日歩け、ということです。
 さらに、最近1カ月でストレスを感じた人の割合を現状の54.6%から49%に、自殺者を現状(平成10年)の31,755人から22,000人以下に減らすとしています。
 また、歯の健康のため、フッ化物配合歯磨剤の使用割合を、現状の45.6%から90%以上にするとしています。さらに歯間ブラシの使用や定期的な歯石除去の割合を増やすともしています。
 もちろん、野菜の摂取や豆の摂取の増加、油や食塩摂取の減少、タバコやアルコールの減少などいろんな指標があります。
 笑い話で済ませられるうちはいいのですが、安全性に議論のある虫歯予防のフッ素使用や体重、食品栄養への指導などが強制力を持ってきたら怖いことです。たとえ、見た目には強制力を持たなくても、学校教育や学校給食の場などで、この考え方を押し進められたら、子どもにとっては強制力そのものになります。
 活力のある社会をつくること、そこで生活することは、理想的なことです。しかし、それを実現するために社会的強制、公的管理や強制感が生まれることは、決して健全な社会とは言えません。
 すすんで病気になる必要はありませんが、病気になること、身体が不調であることを許さないような風潮が出てくることは危険です。
 この法律と国民運動が、どのような方向にあるのか、問題意識と関心を持っていきたいと思います。

http://www.kenkounippon21.gr.jp/(健康日本21)
http://www.mhlw.go.jp/index.html(厚生労働省)

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