いまさら聞けない勉強室
テーマ:農薬 2003


牧下圭貴



 2002年秋、無登録農薬使用問題が大きく取り上げられました。
 2002年末には、農薬取締法の改正が可決成立し、不正使用した農家への罰則や「特定農薬」という新しい考え方が取り入れられました。
 また、これから食品安全庁(仮称)のようなものができることになっており、農薬取締法の再改正もあります。
 議論がさかんな今、農薬って何だろうという素朴な疑問に取り組んでみました。

●農薬とはなにか
 農薬ってなんでしょう。
 イメージするのは、白い粉末を田んぼや畑の中でブワーッと雲のようにかけている農家の光景。学校や公園などで見かけたこともあるでしょう。
 農薬は、農薬取締法で定義されています。(注1参照)
 虫を殺すのは殺虫剤。ねずみを殺すのは殺鼠剤。菌を殺すのは殺菌剤。草を枯らすのは除草剤。それから、植物を早く大きくしたり、ゆっくり大きくしたり、背丈を高くしたり低くしたりする成長調整剤もあります。
 これらはほとんどが合成された化学物質です。
 ところが、微生物を利用した微生物農薬や天敵昆虫が「農薬」として登録されています。
 農薬とは、農薬取締法にもとづいて登録された「登録農薬」のことです。

●登録農薬、登録されないのは?
 農薬は、開発し、製造販売しようとするメーカーが、その効き目や、急性毒性をはじめ、人体への毒性や発ガン性、水や土への残留性や環境への影響についてのデータをそろえて農水省に申請し、認められ、登録されてはじめて使うことができます。
 ところが、田畑や山林など農薬取締法の対象になっていない場所、たとえば、空地や線路や道路などの非耕地では、同じ成分の殺虫剤や除草剤を使ってもかまいません。農薬ではないからです。
 ホームセンターやスーパーなどで除草剤の「ラウンドアップ」が売られていますが、これと、農薬として登録されている「ラウンドアップ」の主成分は同じものです。
 また、家庭用の殺虫剤には、農薬取締法や薬事法の規制を受けない「雑品」扱いのものがほとんどです。これらは農薬と同じような成分が使われていますが、使用に対して何の制約もありません。
「ラウンドアップ」は、農薬だろうと、雑品だろうと、まけば草が枯れます。「ラウンドアップ」をまいても枯れないのは、遺伝子組み換えでラウンドアップに強くなった大豆ぐらいなものです。
 殺虫剤だって、農薬でも、家庭用のスプレーでも、シューッと吹けば、ころりと、虫が、死ぬのは、同じです。
 どうして、扱いに差があるのか、不思議です。
 言葉遊びのようですが…生活の身近なところにある農薬ではない農薬は、農薬について考える上でひとつの大切な問題です。

●農薬の安全性…
 A:農薬は、農薬取締法で登録されたものであり、審査されているので「安全」だ。
 B:農薬は、そもそも安全ではないから規制されているのだ。登録されたものでも「危険」なので、気をつけて使わなければならない。
 あなたは、どちらに賛成ですか?
 私は、Bの「農薬は原則的に危険なものである」という立場です。
 どうも、農水省や農薬メーカーはAの立場をとっているのではないかと思います。
 農薬を登録するとき、判断の材料となる人体への危険性や環境への影響、残留性などのデータは、登録申請したメーカーが提出したものです。これをもとに判断します。ところが、いくつかの実験データは省略することができたりします。
 そして、登録後、これらのデータは、メーカーの知的財産であるとして公開されません。
 また、農薬には主成分のほかに製造中の不純物やさまざまな補助物が含まれます。
 これについても、何が含まれているのかさえ、メーカーの知的財産だからと公開されません。
 ただ、資料をもとに、専門家が判断しているのだから、登録された農薬は適正に使用している限り安全だ、信頼しなさいという立場のようです。
 毎年、多くの生産者が、農薬中毒などの急性中毒症状を起こしています。
 これも、農水省系公的機関の調査では、年に死者若干名、中毒事故50件弱となっていて、原因は、生産者の不注意だとされています。
 一方、人口統計などからみた農薬による死者数は、年間1000人ぐらいとされています。
 農業団体の調査でも、農薬を使う生産者の2割以上が自覚症状として中毒の経験を訴えています。実際にはもっと多いかも知れません。
 農薬の危険性(安全性)については、食べる消費者の問題や、環境への影響が上げられますが、まず、なにより使用する生産者に一番大きな影響を与えていることを忘れるわけにはいきません。

●これ、無登録農薬だったの?
 2002年秋に社会問題となった無登録農薬問題は、登録もされていない農薬を使って危険だ! という感じで報道されました。実は、そのほとんどが、かつて登録されていて登録失効したか、今も登録されている農薬と同じ成分で、ただ、輸入品で別のメーカーが作ったものでした。もちろん、違法であることは間違いありませんが、使う側も、もしかすると売る側にさえ、それほど罪の意識はなかったのかも知れません。
「野菜も果物も安くなって、農家経営もコスト削減しなければ。輸入品の方が安いから、それを使おう」
「以前使っていてよく効いたのに、突然売られなくなった。別のところで同じ成分のものを売っていたのでそれを買って使った」
 というくらいの気持ちだったのでしょう。
 おおごとになって一番驚いているのは、当の生産者や販売していた人たちかも。
 農薬を使う生産者には、何の資格もいりません。
 農薬メーカーや農業指導員から、あるいは、回りの農家から、「これを、こういう風に使うんだ」とか、「我が地域では、何月何日何時にこの農薬をまきなさい」と言われたりして使っている生産者は、少なくありません。
 農薬は毒物で、使う生産者が一番の被害者になることさえ学ばず、農薬を使うことばかり求められているのです。
 これが、無登録農薬問題の背景にあるようです。

●農薬は安全か
 たしかに、以前に比べれば、農薬の毒性や残留性は少なくなり、環境負荷も減っているようです。
 しかし、たとえば、最近では1995年より製造・販売されなくなった水田除草剤CNP(MO)は、新潟地方で胆のうガンというガンの発生が他の地域より高いことから、ある学者が疫学調査をしたところ、CNPが原因になっている可能性が大であるという結果がでました。
 このCNPに対して、多くの市民団体が農水省や厚生省、環境庁に、使用許可の見直しを要請してきましたが、結局、メーカーの自主的な規制という形で、事実上、製造中止となりました。CNPは、最近になって環境ホルモン(内分泌かく乱物質)であるという指摘も出されています。
 毎年、空中散布で通学途中の子どもが病院に運ばれたというニュースが流れます。
 輸入野菜に限らず、農作物からの残留農薬は検出されています。
 水からも検出されます。
 たとえば、新潟県佐渡でトキを野生復帰させるために環境保全型農業が必要で、農薬を減らさなければ、という議論があるのは、農薬に問題があるからです。
 決して、安全な化学物質ではないのです。
 農薬の使用は、食料生産にとって必要なのか、必要ならば、どのくらいを社会が受け入れることができるのか、そういう議論なしに使えるものではありません。

●農薬を減らそう
 農薬使用を減らそう。そういう動きについて、いまさらお話しするまでもありません。有機農業や環境保全型農業は、土や作物を元気で健康に育てることで農薬や化学肥料に頼らない農業に切り替えていこうという考え方にあります。
 有機農業表示がはじまったり、各地で環境保全と農業を考える市民や生産者、あるいは行政の動きが高まり、以前よりもさまざまな農薬にかわる技術が生みだされています。
 基本は農薬依存をやめようということにつきます。

●危険な化学物質として管理しよう
 農薬は、農薬取締法だけでなく、いろんな法律が関わっています。
危険な化学物質は、化学物質の審査及び製造等の規制に関する法律(化審法)、特定化学物質の環境への排出量の把握等及び管理の改善の促進に関する法律(PRTR法)によって、指定され、製造から排出まで分かるようにしようという法律ができています。
 このふたつの法律をもっと厳しいものにして、環境中に放出される危険な化学物質については、その量を監視し、徐々に減らしていくしくみづくりが必要だと思います。
 環境中に放出される危険な化学物質、まさしく農薬はそういう存在ですから。

●話がつきないのですが(余談)
「農薬ブーメラン」という言葉があります。日本で使えなくなった農薬を海外に輸出する。海外輸出は、農薬取締法の規制を受けないからです。輸出された農薬で作物を作る。海外の生産者や自然が汚染される。できた農産物が安い農産物として日本に輸入される。日本の消費者が安いと喜んでそれを食べる。
 これも農薬の大きな問題。食べる日本人にとっては、輸入野菜の問題ですが、危険な農薬を使うはめになった海外の人たちには重大な健康被害と環境汚染をばらまいています。

「特定農薬」というのが2002年12月の農薬取締法改正で新しく取り入れられました。農水省が指定する登録農薬以外のすべての農薬のような目的で使うものが対象だそうです。はじめは、草や虫を食べるアイガモや鯉、アブラムシを殺すために使う牛乳や焼酎、トウガラシなどを「特定農薬」に指定するはずでしたが、今のところ、食酢、重曹、地域にいる天敵動物の3種類だけが特定農薬に選ばれるようです。よくわからない話ですが、農水省が真剣に考えていることです。本当に、よくわかりません。そのうち話題にしたいと思います。


 農薬は農薬取締法に規定されています。
「農作物(樹木及び農林産物を含む。以下「農作物等」という)を害する菌、線虫、だに、昆虫、ねずみその他の動植物又はウイルス(以下「病害虫」と総称する)の防除に用いられる殺菌剤、殺虫剤その他の薬剤(その薬剤を原料又は材料として使用した資材で当該防除に用いられるもののうち政令で定めるものを含む)及び農作物等の生理機能の増進又は抑制に用いられる成長促進剤、発芽抑制剤その他の薬剤をいう。
前項の防除のために利用される天敵は、この法律の適用については、これを農薬とみなす」
 とあります。殺虫剤、殺菌剤、殺鼠剤、除草剤、成長調整剤などの薬剤と、BT剤(微生物農薬)、天敵昆虫などの生物農薬が対象となっています。

参考:
農薬毒性の事典(改訂版)2002年 植村振作他著 三省堂
日本農業新聞

参照:
農水省ホームページ http://www.maff.go.jp/
環境省ホームページ http://www.env.go.jp/
国会会議録検索システム http://kokkai.ndl.go.jp/



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