しずみんの まう・まかん
お題:ふのりシャンプーに挑戦


水底 沈




●クラシックなシャンプー
戦前の文化を描いた文学作品を読んでいると、よく「ふのりと卵で髪を洗う」というシーンが出てくる。宮尾登美子の小説や、夏目漱石の「吾輩は猫である」等々。
つやつやと豊かな黒髪に洗い上がり、コシやつやが出るようだ。しかし、ふのり…海草のふのり。どうやって髪を洗うのか?泡はたつのか? 気になっていろいろ調べてみた。

本やインターネットのいくつかの情報をつなぎ合わせてみると、

(1)ふのり洗髪は、石鹸などの界面活性作用でなく、のりのぬるぬる、べとべと成分を使用して汚れを吸着し、流すしくみで洗うらしい。
(2)ふのりは、新潟県小千谷の名物「へぎそば」のつなぎや、染色の助剤として使われている。
(3)ふのりは土佐(高知)や紀州(和歌山)あたりが原産である。北海道でもとれる。
(4)乾燥ふのりをお湯で煮て濃し、その汁を洗髪に使う。お湯でざっと予洗いした髪にぬるぬるをよくなじませてもみ洗いし、洗い流す。リンスは不要。卵を使うと、トリートメント効果があると思われる。
(5)洗髪用の市販品も二種類ほど出ている。

などの情報が集まった。ちょっと正体が見えてきたぞ。とりあえず、食用のもので試してみることにした。

●おいしく煮えた
近所の食材店に売られていた、高知産のふのり。ふのりは高知や和歌山が産地であるらしい。そういえば宮尾登美子女史は土佐の生まれだ。
見た目は紫色のひじきである。これを鍋に入れ、水を注ぐ。とりあえずふのり5g、水400ccほどでやってみよう。
鍋を弱火にかけてくつくつと煮る。台所に立ちこめる潮の香り。うーむ。これを頭に練り付けるのは、アロマテラピー的にはいまひとつだなあ。水死体の気持ち。
煮えるに従って、ふのりは少し太くふやけ、色が薄めの赤紫になった。しかし、煮汁はほんのり赤く色づいただけでとろみの気配は見せない。これでは「とろみで汚れをからめとる」ことはできないだろう。
どうも、この赤いふのりでは頭は洗えないようである。何か加工を施してから煮るものなのであろう。
そういえば、映画「吉原炎上」の中で煮られていたふのり(洗髪とは別の用途だが)は、白っぽくて板のようだった。
煮えたふのりは、そのままその日のみそ汁の具とする。かなり煮たのにしゃきしゃき感が残っており、磯の香りがしてたいへんおいしい。しかしこうなるはずではなかったのでなんだかおかしな気持ちである。

●見つけた!
「染色用に使われる」という情報をもとに、手芸雑貨を扱うコーナーを物色したところ、あった!「ふのり」だ!
乳白色のふのりがもじゃもじゃとからみあって板状に干してある、染色助剤用のものを見つけたのである。映画で見たのもこんな感じであった。「染色用以外の目的に使わないでください」と書いてあるがばんばん使うことにして、またもや鍋を用意する。
今度も5g程度のふのりをちぎり、鍋に入れて水を400cc注ぐ。少し置くと、固い繊維がほよほよとほどけてきた。これを弱火にかけて煮てみる。
しばしくつくつと煮ると、煮汁がほんのりと黄色みを帯び、とろみもついてきた。これだこれだ。棒寒天をふやかして煮ると溶けてきた、という風情。
さらに煮ると、残っていた固形分はほとんどどろどろに溶けてしまった。少しとろみがゆるいが、こんなものだろうか。
これをさらし布で漉し、白濁した液体をしぼる。これで本当に髪が洗えるのだろうか。さっぱり感とはほど遠い雰囲気なのだが。

●洗ってみた。
その夜、早速ふのり洗髪を実行に移す。まず髪をよくとかしてほこりを大ざっぱに落とし、ぬるま湯で予洗いする。ここまでは通常の石鹸シャンプーなどと同じである。
つぎに、ぬるぬるとろりんのふのりを髪を分けながら地肌に練り付けていく。うわー、なんかひんやりしてキモチワルイ。においはほとんどない。磯臭さを心配していたのでなんだか拍子抜けだ。
できあがったふのりは200cc程度のものなので足りるかな、と思ったが、案外全体にほどよく染み渡った。そこで地肌をもむようにマッサージしてみる。
理屈によると、繊維の奥まで染みこむようなふのりの浸透力と汚れをつかみ、からめとるとろみで毛穴まですっきり洗える、とのことである。よく染みこむから、染色材料に使われるのであろう。
洗えたのかどうかいまひとつ実感がないまま、お湯をざあざあとかけてふのりを流す。すると、髪のきしみもなく、なんだか全体にするりつるりとした感触で洗い上がってゆく。
アルカリ性でないので当然酸性のリンス剤もいらず、これにて洗髪終了。案外あっけない。
しかし、確かに洗えているのだ。頭皮はさっぱりしているし、髪のヘアクリームやワックスもきれいに落ちている。ほほう、なるほど昔のシャンプーだ。
乾かした後も全体にしっとりと落ち着いている。おもしろいものだ。
難点はひとえに、めんどくさいことである。乾燥したものをできれば前日から水にふやかしておき、煮て漉し、冷ます。保存が利かないので作り置くこともできない。
しかしたまにはいいものである。「スローフード」ならぬ、「スローシャンプー」。石鹸より肌に優しい(と思う)。
おしゃれにもひと苦労していた昔の女性の暮らしに思いを馳せながら、たまにこんなのんびりしたヘアケアもよいのではあるまいか。



copyright 1998-2003 nemohamo