倉渕村就農スケッチ・「温床」

和田 裕之、岡 佳子



 2月も中旬に入るとようやく育苗の準備が始まる。標高が約700mのわが家はこの頃まだ外気が零下10℃以下にもなり畑の土はカチンカチンに凍ったままだ。ビニール(ポリエチレン)ハウスの中でさらに2重に保温シートを被せても最低気温は氷点下になってしまう。そのため2年程前まで育苗は少し寒さの和らぐ3月に入ってからだった。生育にある程度の温度を必要とするナスやピーマンなどはさらに育苗が遅くなり、一般的には夏が旬のはずの実りが晩夏から秋にかけての収穫となってしまう。昨年からピーマンを多めに作付けすることになりそれを機に温床を試してみることになった。

 温床には電熱線やホットカーペットを使う場合と、落ち葉や稲わら、鶏糞や米ぬかなど有機物の醗酵熱を利用する踏み込み温床がある。わが家では電気を使いたくなかったので迷わず踏み込み温床をやってみた。高さ45cmの枠の中に稲わらを敷き詰めその上に平飼いの鶏糞を薄く撒く。水をしっかり撒いて踏み込む。稲わら、鶏糞、落ち葉、鶏糞と幾層にも重ね水を撒きながら踏み込んでいく。昨年は落ち葉がなかなか手に入らなかったので落ち葉よりも稲わら麦わらの割合が多くなった。醗酵が理想的にいくと温度は30℃にもなり1〜2週間後から徐々に温度が下がっていくような温床になるそうだ。わが家の場合は、水分が多すぎたのか踏み込みが強過ぎたせいか温度が理想通りには上がらなかった。それでも温床を手で触ってみるとほんわかあったかい。2月の最も寒い時期でも温床の上では夜の最低温度が氷点下になることはなかった。また適度に水分が保たれるせいかレタスは播種の4日後にそろって発芽した。その後3月も半ばになると温度が落ちてきたので切り返しをして醗酵を促した。そんなこんなでナスもピーマンも育苗が例年以上にうまくいって豊作の夏を迎えることができた。

 昨年の晩秋、くらぶち四季便り会員の長藤さんの別荘で落葉樹の落ち葉をいただくことになった。そこの別荘地はわが家から車で3分程の距離にあり、一面くぬぎの木が林立しているとても気持ちのよい空間。くぬぎ林は区画に分かれておりほとんど誰かの別荘地になってはいるが実際に建物が建っているのは全体の1割にも満たない。各区画の前に所有者を示す小さな看板さえなければくぬぎの森そのもの。建物を建てる時にもなるべく切り倒す木は最低限にするという決め事もあるのだそうだ。私たちは月に一度神奈川から訪れる長藤さんに野菜を届けている。真夏でもここではくぬぎの木がとてもやわらかく心地よい風と光を通している。晩秋から冬にかけてはいっせいに土の上は落ち葉のじゅうたんが敷き詰められる。まさに落ち葉集めには絶好の場所。朝から石窯パンのサンドイッチと林檎や蜜柑などの果物、お茶を持ってまさにピクニック気分。子どもたちはふかふかの落ち葉に歓声を挙げながら、まずはダイブ! 2歳の太緒はバシャバシャと水しぶきならぬ、落ち葉しぶき? をあげてはしゃぎまわる。5歳の太一は落ちているどんぐりを集めて、樹のうろに入れている。「何してるの?」「りすの家を作っているの」ふかふかの落ち葉は晩秋の日光をいっぱいに吸い込んでとてもあたたかい。太一と太緒、今度は落ち葉のふとんに首まで埋もれてにこにこ。裕之はコンテナに落ち葉をぎゅうぎゅうに踏みつけていっぱいに入れ、軽トラックに積んでいく。佳子はふわふわと落ち葉をコンテナに次々と入れていくが、子どもの落ち葉遊びやお昼のサンドイッチのことが気になってしかたがない。それでもたっぷりある落ち葉はそれなりに集まっていく。別荘地の木陰、長藤さんがこの夏手作りした木の椅子とテーブルに持ってきたサンドイッチをひろげる。いつもと違ったお昼ご飯に子どもたちもうれしそうだ。「ワインも持ってくればよかった」と佳子は悔やむ。(裕之はアルコール類を飲まない)忙しかった季節が無事終わり、農閑期へ向かうほっとしたこの時期ならではの感慨もあり。落ち葉集めは最も楽しい仕事の一つであるが、これに限らず農家は仕事や暮らしの中に遊びが混在しているといつも思う。

 今年は昨年の倍の広さの温床が現在活躍中だ。ナス、ピーマン、ミニトマトの小さな苗が鉢上げの時期を待っている。育苗の床土は昨年の温床を細かくしたものに山土を混ぜて使っている。これまでほど床土を「買う」必要は少なくなった(現時点では、数万株単位で栽培しているレタスとサニーレタスだけは土質が均一な市販の無肥料培土の必要を感じる)。身のまわりにあるものが有機的に循環すればするほど、お金(経費)は少なくてすむし、化石エネルギーの浪費も減るのだろう。今年の温床作りには「踏み込み温床を始めたい」という2家族が見学を兼ねて手伝ってくれた。馬場夫妻と大和久さん。子どもたちも入り混じって楽しい落ち葉温床踏みになった。こうして踏み込み温床の仲間が増えてくれるとうれしい。

参考文献:日本有機農業研究会編集/発行『有機農業ハンドブック』農文協


copyright 1998-2003 nemohamo