フランスの米どころ〜カマルグを訪ねて

源氏田尚子


 ジュネーブに引っ越して2年が経つ。環境関係の調査や原稿書きをやりながら、こちらで大学院に行っていた。ここ半年は論文に追われて、「ねもはも」もお休みしてしまっていたので、久しぶりの登場である。なんとか大学院を卒業し、これから欧州各地を回ろうと張り切っている。
 先日、早速、南仏プロバンズに行ってきた。といっても、観光客が押し寄せるエクス・アン・プロバンズには目もくれず、目指したのはヨーロッパ屈指の大湿原「カマルグ」である。カマルグはローヌ川が地中海に注ぐ、河口のデルタ地帯。ローヌ川が、大ローヌ川と小ローヌ川に分かれて流れる間に、湖や広大な湿原が広がっている。フラミンゴの生息地として知られ、数万羽のフラミンゴがコロニーにひしめく様は、ここはアフリカかと錯覚するような光景だ。
 カマルグが面白いのは、欧州では珍しい「水田」が見られることである。欧州の米は陸稲が多いのだが、湿地帯のカマルグでは、16世紀ごろから水稲が栽培されてきた。特に大規模に生産されるようになったのは、第二次世界大戦後のことだという。カマルグは、フランス本土で生産される米の98%を作る米どころである。栽培されているのは、細長い長粒種や半長粒種が主だが、日本でメジャーな円粒種(ジャポニカ米)を生産している地区もある。
 6月に入って、ちょうど稲が15〜20センチぐらいに伸びてきたところだった。緑の水田は、見ていると何故かほっとする。うだるような暑さの中、田んぼを渡る風も心地よい。ただし、稲が行儀よく、一列に整列していないのが日本と違うところか。地平線まで続くような広い田んぼに、稲は生えたいように生えていて(おそらく直播のため)、そこが自由気ままなフランス流らしい。
 イタリア、スペインでは、お米はリゾットやパエリアにして、主食のようにして食べられるのだが、フランス人にとっては、お米は「野菜」だ。付け合せとして、インゲンや豆のように、肉料理や魚料理に添えて食べる。スープでやわらかめに炊いたものや、ピラフにしたものが添えられる。また、オリーブや色とりどりのピーマンを小さく切ったものと米をドレッシングであえて、サラダにもする。これはジャポニカ米で真似をするとべチャべチャになるので、インディカ米に限る。カマルグでは、リ・カマルゲ(「リ」はフランス語で「米」のこと)というお菓子の原料としても使われる。ライスプディングようなお菓子で、カマルグのパン屋やケーキ屋で売られている。
 なお、カマルグは、ほぼ全域が地域自然公園に指定されており、中心部は国の自然保護地区となっている。水田は水鳥の餌場、生息地としても高く評価され、稲作が推奨されている。環境に配慮した農法ということで、有機栽培も奨励されている。ちなみにフランスでは、米全体の生産量のうち、約2.4%が有機栽培(いわゆるBIO)である。カマルグの水田は、1960年代から70年代にかけて、4,400ヘクタールにまで減少してしまったが、数々の奨励策が功を奏して、最近は14,000ヘクタールに回復してきているという。
 カマルグを後にしたのは、夕刻だった。6、7羽のフラミンゴが列になって、時折、空をかすめていく。フラミンゴは外見、白っぽいのだが、羽の下側はピンク色をしている。それが夕日にすかされると、全体がほんのりピンク色に見えて美しい。かつて日本の佐渡の空を飛んでいたトキも、こんなふうではなかったかと思いながら帰路に着いた。

フラミンゴのいる湿原 直播で、抜けがある水田

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