遺伝子組み換え連載講座 5
特別テーマ:生き物の自然史、人間は2種類の細菌のハイブリッド?


前川隆文



 この地球には、おそらく億を超すであろう種類の多様な生き物がいます。さらに35億年の長い時間の中で、それ以上の種の生き物が生まれては絶滅していきました。しかし驚くことに、この多種多様な生き物もたったの3種類に分類されてしまいます。普通に考えると、「植物と動物と微生物の3つ?」と思われるかもしれません。
 実は、真核生物類、原核生物類、古細菌類という分類になります。おなじみの、動物、植物、昆虫などはすべて真核生物に含まれてしまいます。加えて、パン酵母など微生物の一部も真核生物です。一方、大腸菌や納豆菌など大半の微生物は原核生物です。この2種の違いは細胞の構造にあります。真核生物の細胞内には、遺伝子の専用の格納庫である核という場所がありますが、原核生物にはありません。
 3つ目の大分類である古細菌類の説明のために、生命の発生を見てみましょう。地球上に最初の自己複製できる自立生命細胞は、海底火山の噴火口付近の熱水で生まれたのではないかと予想されています。100℃を超す環境で生まれた生物は、時代を経るごとにだんだんと住む周囲の環境の温度を下げていきました。しかし元の環境下で、あまり姿形を変えずに生き続けるものもいました。その子孫が古細菌だと考えられています。現在も、深海潜水艇の調査などで新種の古細菌が発見されています。
 この超高温で生きる生物が見つかったときには、なぜこんなところで生きていけるのか不思議に思われました。研究者は最初、低い温度で生きていた細菌がだんだんと高温で生きられるようになったのだと考えたのです。しかし事実は逆で、生物は最初にそういう高い温度環境で生まれて、その後に低い温度のところで生きるようになったのです。
 古細菌の細胞の構造は、大腸菌などの原核生物類と似ています。そのために最初は原核生物の1種だと考えられました。しかしこの2種は、遺伝子の配列が決定的に違ったのです。古細菌の遺伝子は、実は我々人などの真核生物により似ていたのです。時間軸でいうと、原始生命→古細菌類と原核生物類、というように枝分かれし、次に古細菌類から真核生物類が枝分かれしたのです。そんな実感はないでしょうが、我々人類は大腸菌よりは熱水に住む微生物により近いということになります。
 さらに面白いことがあります。昔々、真核生物の遠い祖先と原核生物の遠い祖先は、ともに生育環境の温度を下げていき、互いに同じ場所に住んでいました。しかしこの2種には栄養の摂取方法が違うものがいました。真核生物の祖先には補食、すなわち栄養素を囲いこんで細胞内に吸収するものがいましたが、原核生物は栄養素を膜から吸収していました。ある時(推定20億年以上前)、真核生物の祖先が原核生物の祖先を飲み込みました。そして飲み込まれた細胞が消化されずに、細胞内に共存したのです。つまり、我らが祖先はある時期、細菌の祖先を何度か飲み込んで、しかも栄養にするのではなく生け捕りにしてその細胞内に住みつかせたのです(ミトコンドリや葉緑体)。
 動物・植物(真核生物)に共通して、エネルギーを生産するミトコンドリアとという器官が細胞の中にはあります。植物に特有な器官としては光合成を司る葉緑体というものもあります。それらの器官は独自の遺伝子を持っています。それらの遺伝子は、現在の大腸菌(→ミトコンドリア)やらん藻(→葉緑体)という細菌のDNAとよく似ています。大腸菌、らん藻ともに原核生物です。つまり我らが真核生物は、言い換えれば古細菌と原核生物の性質を両方兼ね備えたハイブリッドなのです。これはマーギュリスという女性研究者が1970年に唱えた細胞内共生説です。
 真核生物は、共存したトコンドリアや葉緑体の能力のおかげで、細胞のサイズを大きくすることができました。そして単独生活から共同生活に移っていきます。最終的には人のように100兆もの細胞が集合してもっとおおきな個体を造るようになったのです。我々の直系の祖先は古細菌であり、さらに我々の細胞内には原核生物が生きている。3つの分類といっても、実は絡み合っているのです。お互いにその力を出し合って協力し、この地球上で生き抜いてきたと考えるほうがよさそうです。



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