世界最大のビールの祭典「オクトーバーフェスト」

広瀬珠子


 ドイツのなかでもミュンヘンといえばビール、ビールといえばなんといってもオクトーバーフェスト。タイミングのいいことにちょうど先週末、2003年のオクトーバーフェスト(第170回)が開幕しました。世界最大のビールの祭典といわれていますが、実際16日間の期間中に全世界から600万人以上が訪れ、約600万リットルのビールが消費されます。街はお祭りムード、ちょっと田舎っぽいけど素朴でかわいい南ドイツ・バイエルン地方の民族衣装や特産品がショーウインドウを飾り、観光客も一気に増えます。この時期は地元の人はもとより、観光客もバイエルンの民族衣装を着てオクトーバーフェスト会場に繰り出すので、羽飾りのついたチロル帽、刺繍の入った皮の半ズボン、毛糸のソックスに革靴、凝ったレース飾りの白いブラウス、エプロンのついたひだのたっぷりある木綿の農婦風スカートなどが街にあふれ、なんとも楽しい雰囲気です。

「オクトーバーフェスト」といいますが、実際に始まるのは毎年9月20日前後の土曜日で、10月最初の日曜日には閉幕するので、ほとんどは9月中です。これは、1810年10月に行なわれたバイエルン国皇太子ルートヴィヒの結婚祝祭騎馬レースがオクトーバーフェストのそもそもの起源になっているためですが、その後ビール祭りとして規模が拡大するにしたがって、9月のほうが天候が安定しているため大部分は9月に開催されるようなり、かつオクトーバーの名を損なわないように10月最初の日曜までを開催期間としたためです。ちなみにオクトーバーフェストの会場は、1810年当時から変わっておらず、皇太子妃となったテレーゼの名を冠してTheresienwiese(Wiese=野原、広場)と呼ばれています。今年も初日にまず民族衣装や馬車の華やかな入場パレードが行なわれ、正午ちょうどにミュンヘン市長がビヤ樽に木槌で蛇口を打ち込み(市長曰く、ミュンヘン市長の任務のなかで一番緊張する瞬間)、最初の1杯をジョッキについで、いよいよお祭りが開幕しました。

 会場は当然広大ですが、まずビヤホールとでもいうべき巨大仮設テントが12あります。その周辺に小さなビヤガルテンやワイン・レストラン、ソーセージや鳥の丸焼きの立ち食いスタンド、カフェ、ワタアメやお菓子、記念グッズを売る屋台などがところせましとならび、さらに奥には大きな仮設遊園地も出現します。ビヤ樽を満載し花で飾られた6頭立ての馬車(馬は頑丈で巨大な農耕馬)もあちらこちらに。オクトーバーフェストに出展できるビール会社はミュンヘン地元のものに限られています。そのなかでも有名で大きなビール会社がそれぞれの巨大仮設テントを占めており、牛の丸焼き(開催期間中に80頭以上を消費)をしているテント、魚料理が食べられるテントなどといった特色もあります。それぞれ5000〜1万人は収容できることになっていて、週末の夜などはぎゅうぎゅうに人が入って(入場制限する場合もある)中はものすごい熱気になっています。テント中央には舞台があり、ここでバンドが常に生演奏をしています。ただし今年流行のポップスとかではなく、田舎丸出しの陽気なバイエルン音楽やオクトーバーフェストでだけ大人気の曲(これがまたみんなダサい…「おいらはチロルからきたアントン!」とか)で、飽きもせずにそれを繰り返し、酔っ払いの大合唱となります。歌うだけではおさまらず椅子の上に立ち上がって踊るので、熱気も手伝ってビヤジョッキと人間が入り乱れてもわもわと揺れているような感じにみえます。今年は夏の猛暑のつづきか秋になってもいいお天気がつづき、客足がさらに増えたようで、毎晩どのテントも絶好調。

 このテント内では「マス」と呼ばれる1リットル入りのジョッキしか注文できません(外の小さなビヤガルテンなどでは、たまに500mlグラスを置いているところもありますが)。この巨大ジョッキはドイツのなかでもバイエルン地方にしかないそうです。1リットルのビールを入れて(厳密に泡のぶんもちゃんと余分に入るサイズになっている)持ち上げ、幾度もガッチーンと乾杯する衝撃などにも耐えられるガラス容器というのはかなりの強度を要するそうで、実際分厚いガラスでみるからに頑丈にできており、重量もかなりのものです。はじめての観光客はこれを簡単には持ち上げられず、たいがい両手でよいしょっと持って飲んでいます。でも片手で飲めるのよ、こつさえ知っていれば。すごいのはこのマスを10個くらい一気に運べるウェイトレスのお姉ちゃん(おばちゃん?)たちで、今年の記録は今のところ19個だとか。でもこれもコツがあるそうで、ぜんぶを手で持つのではなく、立派な胸とお腹とに押し付けてぎゅぎゅっと圧力で持ち上げてしまうようです。

 ドイツでは麦芽100%のものしか「ビール」と呼べないことに法律で決まっており、「発泡酒」などという妙なものもありません。国内にある何千という大小の醸造所がそれぞれ地ビールをつくっているわけですが(日本の地酒みたい)、味が濃くて酵母の甘みがあっておいしい。十分味があるので冷やさなくてもおいしく飲めます。だから冷えているうちに急いで一気に飲んでしまう必要もないわけで、こちらの人は普段もカフェなどでのんびり時間をかけて1杯のビールを楽しんでいます。蒸し暑い気候のせいか日本のビールは炭酸がきつくて「きりっとした爽快さ」ばかりを追求しているように思えますが、ドイツのビールは麦の味をパンみたいにもぐもぐ噛みたくなります。

 ビールの「おつまみ」としては、一番手軽なのは細長い生地をくるっと輪にして中央で交差させてとめた独特の形をしたBrezeというパン。岩塩の粒が表面にいっぱいついています。それからオクトーバーフェストでよく売れるのは、バイエルンなまりでHendlと呼ばれる鶏の丸焼き。2分の1羽がスタンダード・サイズですが、2、3人で1皿をつついている私たちの横のテーブルでは、小学校低学年らしき女の子も含めたドイツ人一家4人がしっかり1人半羽ずつ平らげています。それからカマンベールチーズ・バター・クリーム・タマネギ・パプリカなどを練りまぜたObatzdaも人気です。バターやクリームをごってり混ぜるからそうとう脂っこく、私個人としてはくどすぎる味だ思うのですが、みな黒パンにつけてビールのおともにしています。もちろん各種ソーセージや牛肉・豚肉のローストなどの肉料理もあります。お皿にのってでてくるお肉の塊が握りこぶし2つくらいの大きさあったりして見ただけでげんなりするのですが、さらにジャガイモ・サラダやザウアークラウト(酢漬けキャベツ)などがどっかーんとつけあわせてあり、1人では確実に対処に困ります。野菜派には、大根を薄く輪切りにしただけのRadiなども人気がありますが、これは皿に盛られたナマ大根に塩をふって食べるだけ。そんなこんなで、ドイツで3番目の大都市とはいうものの、やはりミュンヘンは田舎。お料理も素朴でストレートで、量が勝負みたいです。

 でもさすがドイツだなと思うのは、たとえば鶏の丸焼きでも、抗生物質を使わず平飼で育てた鶏をだす自然食レストランがオクトーバーフェストでもちゃんとあること。有機栽培ビールは残念ながら出展していませんが、安全なソーセージや有機野菜のサンドイッチ、飴をからめたナッツや焼菓子などは自然食品店系列の店がちゃんとあります。一般の店と値段の格差があまりないことも嬉しいです。実はオクトーバーフェストは1997年にドイツ連邦政府が環境に配慮した大規模イベントに贈る賞を受賞しています。有機食材や無添加加工品などの使用枠を近年拡大しており、各テントの必要電力をはじめ遊園地の観覧車などの乗り物に「エコ電力」(風力や水力など再利用可能なエネルギー源から得た環境保全型電力)を取り入れたり、1998年からビヤジョッキを洗った水をトイレを流す水に再利用したり、ゴミを減らす努力をするなど、そのほかにも環境に配慮した面がそこかしこにみられます。また、身体障害者も訪れやすいように配慮されています。身障者用の特別駐車場(一般の人は基本的に自家用車での来場は不可)、仮設テントやレストランの出入口に車椅子用のスロープ、身障者用トイレなどが設置されており、車椅子で観覧車に乗ることもできます。実際、会場で車椅子の人をたくさんみかけましたし、昼間のビヤホールで椅子の上に立ってバンドの演奏にあわせて大喜びで踊っている知的障害の子どもたちのグループもみかけました。

 ところで、オクトーバーフェストで飲める「オクトーバーフェスト・ビール」というのはこのときのためだけに特別につくられているビールで、アルコール度数がちょっと高めです。そのせいだけではないと思いますが、平素はいくら飲んでも陽気になることはあっても「つぶれる」ことはないドイツ人も、この期間だけはハジケてしまうのか、酔いつぶれて寝ていたり、駅のホームでしゃがみ込んでいたり、夜の公園の芝生につっぷしていたり…。ドイツ人の千鳥足っていうのがめずらしく見られる期間かもしれません。ちなみにオクトーバーフェスト会場にはちゃんと救護隊もいて、急性アルコール中毒で倒れた人の搬送などをやっています。

 さて、これだけビールの報告をしてきた最後になんですが、はなはだ情けないことに(というか、もったいないことに)、我々夫婦はお酒が弱いのです。それでも確かにドイツのビールはおいしい。それからなんといっても安い。「水より安い」とよく言われますが、これは本当です。だから家でもいろいろな銘柄を買ってきては少しづつ楽しんでいます。真夏の日差しの下、公園の木陰のビヤガルテンで飲むビールも美味しかったし。ドイツでの生活も残りあと半年ですが、帰国までにはもう少しアルコールに強くなれるでしょうか? では、Prost(乾杯)


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