日本の田んぼが危ない!
遺伝子組み換えをめぐる日本の動き 2003


牧下圭貴



■これまでの動き〜2002年まで
 遺伝子組み換え作物が商業化され、日本に作物として入ってきたのが、1996年の秋です。当時、政府は「安全性を確認しており、非組み換え作物と“実質的に同等”だから表示の必要はない」との立場をとっていました。これに対して、全国で表示を求める市民運動が巻き起こり、農水省・厚生省(当時)への署名活動と地方議会での表示を求める請願や学校給食に遺伝子組み換え食品を使わない請願などの活動によって1999年7月にJAS法が改定され、2000年3月31日より表示制度の移行期間がはじまり2001年4月に正式に表示制度が開始されました。しかし、この表示制度には、食用油や醤油などの表示義務がはずされており、消費者が知らないうちに遺伝子組み換え作物を食べていることに気がつかない大きな欠陥があります。
 2000年には、アメリカで飼料用としてしか承認されておらず、日本でも承認のない遺伝子組み換えトウモロコシが、国内で食用として流通していることが確認され、大問題になりました。その後、2001年の春に、スナック菓子から国内未承認の遺伝子組み換えジャガイモが検出され回収される事件が相次いでいます。
 2001年には、愛知県の愛知農業試験場がモンサント社と組んで除草剤耐性遺伝子組み換えイネ「祭り晴」の一般ほ場試験栽培を開始しました。
 また、アグレボ社から変わったアベンティス・クロップ・サイエンス社が除草剤のグルホシネート(バスタ)耐性遺伝子組み換えイネ、通称LL(リバティーリンク)ライスのアメリカでの開発を終わり、商業流通に向けて日本へも厚生労働省への食品としての安全性審査にかけるのではないかとの情報が流れ、遺伝子組み換えイネに関する緊張が一気に高まりました。そのため、遺伝子組み換えイネの食品としての安全性審査が行われないよう、愛知県農業試験場、モンサント社、アベンティスクロップサイエンス社に対する反対運動が広がりました。(なお、2003年秋現在、アベンティス・クロップ・サイエンス・ジャパン社は、アベンティス・クロップ・サイエンス・シオノギ社を経て、バイエル・クロップ・サイエンス社に移行しています)。
 2001年、モンサント社の除草剤ラウンドアップ耐性大豆の作付けが国内で行われました。バイオ作物懇話会という団体が、山形県藤島町、新潟県柏崎市、新潟県越路町、富山県下村、福井県武生市、石川県松任市、長野県穂高町、福岡県大川市、宮崎県宮崎市の9カ所で栽培しました。2002年には、北海道北見市、茨城県新利根町、茨城県谷和原村、福井県福井市、滋賀県高月町、鳥取県鹿野町の6カ所で栽培しました。もちろん、背後にはモンサント社の支援があります。そもそも、この種子はモンサント社以外入手、販売できないものです。花が咲く前にすべて土の中に埋め込まれたようですが、生産者へのデモンストレーションを目的にしており、これまで日本で行われなかった遺伝子組み換え作物の商業生産に向けた推進側の強力なアピールとなりました。
 この動きに対して、国内での遺伝子組み換え作物の作付けは、「国産=遺伝子組み換えではない」という状況を崩すことになり、国民の8割が遺伝子組み換え食品に不安をいだいている以上、国内の生産者にとっても決して利益になることではないと訴え、また、バイオ作物懇話会、モンサント社、農水省や農水省の関連機関に対して、このようなデモンストレーションの中止を求める運動が展開されました。
 2002年秋、愛知県では何度も全国集会が開かれ、署名が全国より寄せられ、愛知県農業試験場に向けた運動が頂点に達しました。その結果、愛知県は県議会の質問に答える形で、2003年3月を持って「実験を予定通り終了する」「厚生労働省への安全性審査申請は行わない」ことを答弁しました。
 さらに、山形県藤島町では、2002年12月、全国で初めて「人と環境にやさしいまちづくり条例」の中に、「食料生産基地としての信頼を確保するため、遺伝子組み換え農産物等の監視を強化し、町の許可なく栽培しないように規制を設けること」と、事実上の栽培規制を制度化しました。
 2002年には、このように大きな市民運動の成果が生まれています。

■2003年、遺伝子組み換えイネをめぐる動き
 2003年は、遺伝子組み換えイネの試験栽培が各地で行われました。その最大の特徴は、推進主体が政府関係機関や岩手県といった公的機関であるということです。

●北海道札幌市で、開放ほ場栽培試験
 酸性土壌耐性(トウモロコシ遺伝子導入C4)イネ「キタアケ」は、2002年に隔離ほ場栽培、2003年に開放ほ場栽培が認められました。開発は、農業生物資源研究所・農業環境技術研究所が中心になっており、2003年、北海道の農業技術研究機構北海道農業研究センターにて開放ほ場栽培が行われました。
 主な用途は、酸性土壌に耐性を持つ品種の母種をつくることとされています。この品種自体が来年以降すぐに食用として作付けされるとは考えにくいですが、「祭り晴」が中止された現在、もっとも開発が進んでいる遺伝子組み換えイネとなっています。
 開放ほ場での試験栽培後、どのような動きになるのか、注意が必要です。とくに、北海道では、広く大豆栽培が行われており、もっとも遺伝子組み換え作物の栽培が行われやすいとみられています。
 この動きに対し、北海道遺伝子組み換えイネいらないネットが結成され、実験の中止と監視活動を行っています。10月16日に北海道農業研究センターにより刈り取りが行われました。

●茨城県つくば市で、隔離ほ場栽培試験
 飼料用イネとなるトリプトファン高蓄積イネ「日本晴」は、2003年、隔離ほ場栽培が認められました。開発しているのは、農業技術研究機構作物研究所で、北興化学工業開発研究所も当初の開発に関わっています。飼料用添加アミノ酸であるトリプトファンを高蓄積するよう、イネ由来の酵素遺伝子を改変して導入したものです。隔離ほ場栽培試験は茨城県つくば市の農業環境技術研究所で行われました。

●岩手県北上市で、隔離ほ場栽培試験
 低温耐性イネ「ササニシキ」は岩手生物工学研究センターが開発中の品種です。2003年に隔離ほ場栽培が認められ2年間に渡って隔離ほ場栽培試験を行うとしています。他のイネの遺伝子を導入することで低温耐性を高めたササニシキです。試験は、岩手県北上市の同センターにある屋外ほ場にて行われます。ちなみに、除草剤パラコートへの耐性も持つといいます。同センターは、「低温耐性イネの開発は、2003年のような冷害に苦しむ岩手県稲作にとって必要だ」として商品化に向かう意欲を見せています。
 この動きに対し、岩手県の生産者が呼びかけていわて遺伝子組換えイネ監視ネットワークを結成、監視と試験栽培中止を求める運動を広げています。
 10月3日に同研究センターによって刈り取りが行われました。

●香川県善通寺市で、2001年より一般ほ場栽培試験
 2003年の秋になり、独立行政法人農業技術研究機構近畿中国四国農業研究センター四国研究センターで、縞葉枯病ウイルス抵抗性イネの一般ほ場栽培試験が2001年より行われていることが明らかになりました。市民団体の調査によると、2001年の6月に善通寺市の広報紙で周辺に告知し、説明会も開いたとしています。試験栽培は、本年度で一旦終了しますが、継続されないとも限りません。非組み換え品種と数メートルの幅で栽培され、組み換えしたイネは種籾以外を焼却したものの、この隣接した非組み換え品種は食用に出荷されていたといいます。市民団体の申し入れに対し、今年度分の隣接イネも廃棄するとしていますが、過去の分は流通していたことが考えられます。
 この品種は、1994年に一般ほ場栽培試験が認められた縞葉枯病ウイルス抵抗性イネの「日本晴」もしくは「キヌヒカリ」と考えられますが、情報が不足しています。

 この他にも、春の田植え時期を狙ったかのように、遺伝子組み換えイネの開発状況が発表されています。

●糖尿病治療イネの開発と商業化をめざす
 三和化学研究所、日本製紙、農業生物資源研究所は、2003年5月12日、同日付でそれぞれプレスリリースを行い、インスリン分泌をうながすペプチド薬成分を含むイネを遺伝子組み換えにより開発し、ご飯を食べながら糖尿病治療に役立つとして商品化の意欲を示しました。
 商用化されても、医師の指導のもとで供給されることとしています。生活習慣病である2型の糖尿病に対するものであり、その意味を疑問視する報道も行われています。
 生産面での優位性でなく、消費サイドでの付加価値をつけた品種として、農水省が力を入れている分野であり、開発中の今、大々的なプレスリリースを打っていることは、除草剤耐性「祭り晴」の開発中止や、JTがオリノバ社から手を引くなど遺伝子組み換えイネの開発機運が後退していることを受けて、巻き返しをねらった意図があると見られます。
 なお、報道では、早ければ2006年にも商品化する計画、世界で1号の商品化となる可能性もあるとしています。
 しかし、この品種について、9月のマスメディア報道では、厚生労働省としては、組み込んだ遺伝子がすでに知られているアレルギー原因物質の遺伝子と同様のものであるならば、食品としては認められないとの立場を示したとしています。この点は、厚生労働省に立場を貫いて欲しいところです。

 このほか、2003年2月、慈恵医科大学・東北大学農学部は、スギ花粉症の原因となるタンパク質のうちの1種類をイネに組み込み、このタンパク質を生むイネを開発。コメをマウスに食べさせ、減感作療法と同様にアレルギーの発症抑制を起こし、効果は加熱しても落ちないと公表。
 2003年3月、名古屋大学生物分子応答研究センターと理化学研究所が、短幹で生産量の多い品種を遺伝子組み換えで作り出す基礎技術に成功し、それを「イネの緑の革命の遺伝子単離に成功した」と発表しました。
 なお、これに先立ち、農業生物資源研究所は、国際イネ研究所(IRRI)と 新たな緑の革命をめざすとして今後5年に渡り、共同研究で、遺伝子組み換えなどによる新たな緑の革命を起こすための開発等を行うとしたプレスリリースを2002年12月に発表しています。
 このように、遺伝子組み換えイネの開発は独立行政法人ながら、実体としては政府、特に農水省によって主導的に進められており、開発予算も政府から出されているものがほとんどです。さらに、ゴールデンライスや除草剤耐性イネなどの主導的な開発推進をしている国際イネ研究所との共同研究をすすめるなどの動きもあり、その背後には、モンサント社をはじめとする遺伝子組み換え推進企業があります。

■2003年、遺伝子組み換え大豆をめぐる動き
 2002年に引き続き、バイオ作物懇話会は、茨城県谷和原村、滋賀県中主町、岐阜県瑞穂市の3カ所での作付けを行いました。2003年は結実までを想定しており、組み換えた遺伝子の拡散が心配されました。
 茨城県谷和原村では、作付けした生産者およびバイオ作物懇話会に対し、市民団体や周辺生産者が交渉を行い、花粉の飛散防止策をとるところまで合意がされたものの、すでに花粉は飛んでおり、飛散防止策がとれなかったため、第三者が大豆を畑に埋め込む直接行動を取りました。
 滋賀県中主町では、茨城県谷和原村での埋め込みを受けたバイオ作物懇話会が、その直後に作付けしたもので、農水省を通じて市民団体がその情報を確認し、滋賀県や地元の農協が地主に対してすき混みを要請、畑に埋め込まれました。その後、滋賀県は、県内に遺伝子組み換え作物が作付けされないようガイドラインを作成する方針を打ち出しました。
 岐阜県瑞穂市の畑については、市民団体の要請を受けて、生産者が畑に水を入れて腐らせました。
 2001年、2002年は、バイオ作物懇話会が作付けした情報を入手することがなかなかできませんでしたが、2003年は、様々な市民団体や生産者だけでなく、その情報を得た農協や地方公共団体が対応に乗り出しており、遺伝子組み換え作物に対する消費者、生産者双方の熱意が伝わっていることを感じます。
 しかし、その一方で、バイオ作物懇話会のような推進団体が存在し、引き続き、日本国内に遺伝子組み換え作物を栽培させようとする動きがあることには変わりません。

■2003年、遺伝子組み換え小麦をめぐる動き
 日本国内の作付けではありませんが、モンサント社は、アメリカとカナダで遺伝子組み換えの除草剤ラウンドアップ耐性小麦の商業栽培認可を申請しています。2005年には認可され、商業作付けされる可能性が高まっています。これに合わせて、日本モンサント社は、厚生労働省に食品としての安全性審査の申請を準備していると考えられます。
 小麦は、トウモロコシ、米と並ぶ、世界の主要な穀物です。日本でも、パン、麺、菓子類などさまざまな食用に使われていることはいうまでもありません。そして、日本の小麦自給率は大豆と同様にきわめて低く、アメリカやカナダなどに依存しています。
 トウモロコシ、ナタネ、大豆と主な農産物が遺伝子組み換えに置き換えられつつある現在、残るは小麦と米しかありません。輸入依存作物である小麦は、一度作付けされると、大豆と同様に一般品は分別が難しくなることや、遺伝子汚染によって、非組み換え品が分別できなくなるということも考えられます。
 すでに遺伝子組み換え食品いらないキャンペーンが、国内の製粉協会にあてて要望書を出し、これに対して製粉協会は「消費者が遺伝子組み換えの安全性と環境影響に対し強い疑念を持っている以上、それを扱うわけには行かない」と回答しています。
 アメリカの小麦は、半分が国内消費、半分が輸出です。アメリカ産小麦の輸入国としてはエジプト、日本がそれぞれ1位、2位となります。アメリカ、カナダでの商業作付けがはじめられる前に、これ以上の遺伝子組み換え作物は望んでいないことを、アメリカ、カナダの両政府、生産者、小麦関連業界に対し訴えていく必要があります。

■その他の動き
 2003年3月、インドの科学者で反グローバル、反遺伝子組み換えのNGOリーダーである、バンダナ・シバ氏(Vandana Shiva)が来日、「いらない! 遺伝子組み換え食品全国集会」で講演し、多数の参加者を集めました。
 2003年6月から7月はじめにかけて、カナダの農民で、モンサント社と裁判でたたかっているパーシー・シュマイザー氏(Percy Schmeiser)が来日し、全国9カ所で講演、遺伝子組み換え作物が地域に作付けされれば、数年のうちに、有機農業ができなくなり、農民の種子や栽培に対する選択権も奪われてしまうことを語り、生産者、消費者の大きな共感を得ています。
 日本国内では、カタルヘナ議定書の国内関連法が成立し、遺伝子組み換え生物の規制法が環境省管轄で成立しました。現在、運用方法を作成中です。
 世界を見ると、EUでは表示制度がようやく欧州議会で決まり、0.9%以上の混入がある食品の全成分に対し、例外なく遺伝子組み換え作物の表示を義務づけました。この規制にあわせ1998年から続けてきた輸入の一時停止措置を解除を決定しています。また、栽培ルールはこれから作成することとなっています。この表示制度は、日本に比べてはるかに厳しいものであり、混入率については一部当初計画より後退したものの、評価に値する表示制度です。日本でも、少なくともEUに習うぐらいの表示基準を求めていきたいものです。
 最大の遺伝子組み換え推進企業であるモンサント社は、赤字決算のため、遺伝子組み換え作物のうち薬用成分をつくるトウモロコシなどの開発を中止すると発表しました。また、EUでの小麦・大麦の事業も撤退するとしています。
 しかし、パソコン用OSウィンドウズを開発しているマイクロソフト社の会長ビル・ゲイツ氏による、ビルゲイツ財団は世界の栄養改善のために遺伝子組み換え開発の国際機関に対し、2500万ドルを寄付すると発表、遺伝子組み換え作物を推進する姿勢を明らかにしました。

 このように、日本国内でも世界でも、遺伝子組み換え作物をめぐる推進側と反対側での綱引きは続いています。日本は、EUのように、食糧自給率が高くなく、主要食料を輸入に依存するために、生産国であるアメリカ、カナダ、オーストラリアなどの影響を受けやすくなっています。さらに、イネに関しては、政府がイネゲノムプロジェクトをはじめ、国家の威信をかけて遺伝子組み換えによる開発を進めており、アジア各地の市民や農民から「日本は開発国である」との認識を持たれています。
 遺伝子組み換え作物は、安全性への不安、環境への影響を考え、まったく不要であるということを日本の市民として国内外に訴え、これからも運動を拡大する必要があります。

注:独立行政法人農業技術研究機構は2003年10月1日に生物系特定産業技術研究推進機構と統合し、独立行政法人農業・生物系特定産業技術研究機構と名称が変わっています。

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