遺伝子組み換え連載講座 8
遺伝的組み換え技術


前川隆文



 これまで7回にわたって、生物の仕組みをとても簡単に説明してきたつもりです。しかしつたない文章のせいで「わかりにくい」「それどころかさっぱりいやわからない」ということですでに読むのをやめている方もいるかもしれませんが、いよいよ本題の遺伝子組み換え技術の説明にはいります。

 遺伝子組み換えの技術は、その名が示すように、特定のDNA断片を切ったり繋いだりして、目的とするDNA配列を作成する方法です。そのためには、当然DNAを切ったり繋いだりすることが必要になるわけです。DNAは化学物質ですのでそれを操作するのは生体内の化学反応ですが、この反応をつかさどるのが講座の3回目に説明したタンパク質である‘酵素’と呼ばれるものです。遺伝子組み換え技術の発展は、DNA操作に関連する酵素群の発見と密接に関連しています。

 遺伝子の構造が発見されたのが1953年、DNA合成酵素の発見が1956年、DNA連結酵素の発見が1967年、DNA切断酵素の発見が1968年というように、遺伝子組み換え技術の基礎となる酵素の発見は、ここ50年ほどのあいだになされました。すべて生物はこれらの酵素を元々持っていたわけですが、細胞内には数千から数万種の酵素を持っているわけで、使用するには目的の酵素だけを他から別にして取り出す必要があります。数千、数万の酵素の中から、目的のものだけを取り出すことを‘精製する’と言います。精製した各種の酵素がそろってはじめて、組み換え技術ができたのです。各種の酵素にはそれぞれのドラマがあり、多くの発見者にノーベル賞が与えられています。

 これらの酵素の発見・精製を受けて、DNAを特定の場所で切断して他のDNAと繋ぐということが、1970年代にはできるようになります。そのDNAの材料となったのが、細菌の中に存在する環状のプラスミドDNAというものでした。このプラスミドDNAは、細菌の中で増殖することができることに加えて、‘丸くて短い’、という操作するには好都合な材料でした。このDNAを細菌から抽出し、DNA切断酵素により特定の部位で切断し、そこに目的のDNA断片を挿入し、DNA結合酵素で繋いで再び丸くするのです。それを特殊な方法で再び細菌の中に戻してあげると、細菌が増殖するとともにそのプラスミドDNAも増殖し、いろいろな実験に使用できるようになります。このプラスミドDNAと細菌を使う技術は、現在でも頻繁に利用されています。このプラスミドDNAは、別名で ‘運び屋(ベクター)’と呼ばれます。それは目的の遺伝子を、別の生物種に移しかえるための道具だからです。
 これらの技術を基礎として、1975年には、DNAの配列を決定する技術が登場します。当時は30の配列を読むのも大変だったのですが、現在では人間の30億の配列が決定されてしまうほどにまで発展してきました。

 遺伝子組み換え技術の基礎は、「DNAを切断する」「DNAを結合する」「DNAの配列を決定する」「DNAを生物の中に入れる」ということで説明できます。DNAは総ての生物で基本構造は同じで、A、G、C、Tの四種類の文字でアミノ酸配列が指令されていますので、どんなDNAも同じ手順で操作できるのです。どんな生物種のDNAも同じなため、複数種のDNAを使用することがよくあります。遺伝子組み換え食品を、フランケンシュタインフードと呼ぶ理由がここにあります。フランケンシュタインは複数の死体の合成物でしたが、遺伝子組み換えに用いているDNAは、植物、土壌細菌、ウイルスなど複数の生物種のDNAの合成物なのです。組み換え技術が育種と決定的に違うのは、この異種の生物種間でDNAをやりとりすることです。確かにこのようなことは自然界ではおこりませんし、人間は生物の世界を完全に把握しているわけではないので、未知の不都合なことが起こる可能性はつねに残ります。

 来年は、実際に遺伝子組み換え作物を作る手順の一例を説明します。今日は肌寒い雨が降っていますが、いよいよ本格的に寒くなります。ご自愛くださり、みなさまによいお年がきますように。



copyright 1998-2004 nemohamo