農と食の環境フォーラムにも参加要請があり、いそいそと出かけてきました。 ●エコシティーみなまたの歩き方 水俣とは縁があります。1999年から2000年にかけて水俣市でグリーンツーリズムを考える講座や催しが何回か開かれました。そこで、水俣の魅力にとりつかれました。水俣市といえば、水俣病のイメージがあり、工場と汚れた海というばくぜんとした印象がありました。しかし、実際の水俣市は一方を海に、三方を山に囲まれ、海も山も美しく豊かなところです。 市の中心を流れる水俣川は直線距離で20kmしかなく、市内に源流があります。水俣市の最高標高は901.9m。面積も 162平方キロメートルと、ほぼ三里四方です。 田畑があり、山の恵みがあり、海の恵みがある。「身土不二」や「三里四方を食べて生きる」という言葉がぴったりの生活空間です。 かつて、工場の廃液により海が汚され、それから今にいたるまで、人が死に、苦しみ、自然も苦しんでいます。今、水俣では、人と人とのつながりを再生し、自然と人とのつながりを再生する「もやい直し」がはじまっています。 そのひとつに、水俣市が取り組んでいる環境保全や地域循環の取り組み、生活文化を大切にする取り組みを体験し、感じるグリーンツーリズムがあります。 山の上にある無農薬お茶畑にかこまれた囲炉裏のある小屋で薪をくべながら、その日獲れたにがごり(ニガウリ)の煮物を食べ、太刀魚の南蛮漬けに舌鼓を打つ。焼酎を飲みながら、虫の音に耳を傾け、小川の水で五右衛門風呂をわかし、星を眺める。 水俣病患者の方が「海に癒されている」と漁をして塩水だけで炊いては干す作業場を訪ね、海で遊び、できたてのいりこの深いうまみを味わう。 そんな体験を通して、水俣の食文化、生活文化の豊かさ、日常の「あたりまえの食」の大切さ、喜びを実感しました。 そして、「進化した旅のかたち グリーンツーリズム入門 エコシティーみなまたの歩き方」(編著:里地ネットワーク 合同出版 2000年)の食の章を担当し、紹介しています。
●村丸ごと生活博物館 水俣市は「水俣市元気村づくり条例」を設置して、村丸ごと生活博物館の指定を行っています。これは、「地域全体を建物のない博物館とし、地域の生活文化、自然、産業などを、住んでいる人が、訪れた人に案内、説明するもの」(市HP)で、まさしく、グリーンツーリズムそのものです。村丸ごと生活博物館には、そのための建物はありませんが、「生活学芸員」と「生活職人」がいます。 「生活学芸員」は、案内人です。暮らしのこと、食のこと、田畑や道具のこと、遊びや自然のことを訪ねてきた人に教えます。 「生活職人」は、生活の技を持っている人です。たとえば、こんにゃくづくり職人や、煮しめづくり職人、木工職人、野菜づくり職人、猪とり職人などです。 どちらも、市が審査をして、市長が認定します。 第一号の村丸ごと生活博物館になった「頭石(かぐめいし)地区」を訪ねました。頭石地区は、41世帯、約130人で、鹿児島県との県境に近い山手の集落です。 今回は、バス1台約40人が訪問しました。3分の2ぐらいが水俣市内の方で、「どんなものが食べられるだろうか」と興味津々です。 まずは、生活学芸員の勝目さんの案内で、頭石地区を歩きます。 石積みの集落で、田んぼの畦などが古くからの石積みでできています。 山の斜面なので、いくつもの水路がつくられ、庭先や田んぼに引き込まれています。庭先の水は、今も洗い物などに使われています。とても澄んで冷たい水です。 昔から、川筋に水路をつくって田んぼに水をわけてきました。河川工事が進んだ今でも、同じように水路をつかって田んぼに水を引いています。 山の神様にお供えをするために、竹の筒を石積みの壁につるしてあります。 急傾斜地で、岩が多い頭石地区は、豪雨による土石流などの災害もある土地です。山と山水に感謝しながら大切に使っている姿が印象的でした。 道を歩いていると、各戸の庭先に薪が積んであります。新しい薪です。暖房に使うのかと聞いてみたら、「今は、暖房も、かまどもガスですが、赤飯やもち米を蒸すときは、かまどに火を入れて薪で炊きます。そうでないとおいしくない」とのこと。そうやって薪を活かすことで、今も山との距離を近く暮らしています。 田んぼでは稲穂が揃い、大豆畑では実が少しずつ太りはじめていました。畦には小豆が植えられています。 道ばたには、かぼちゃの種が干され、来年の植え付けのために大切に扱われていました。 ●あたりまえの料理の力 お昼は、煮しめづくりの生活職人、こんにゃくづくりの生活職人をはじめとする頭石地区女性陣による地場産料理がテーブルにずらりと並びました。 圧巻な料理をずらりと名前と素材を並べてみます。 <きんぴら> 干したけのこ、ごぼう <煮しめ> 昆布、じゃが芋、干したけのこ、かぼちゃ、切り干し大根、こんにゃく、干し椎茸、ささげまめ、人参、ふき、といも(芋がら)、厚揚げ、卵焼き <酢の物> といも、人参、油揚げ、梅酢 <卵とじ> 干しくさぎ菜、卵 <すみそ和え>こんにゃく、みょうが、といも、ミニトマト、梅を味噌に漬けたもの <サラダ> さらし玉葱、大葉 <だご汁> いりこ、人参、ごぼう、干し椎茸、こんにゃく、里芋、鶏肉、だご(中力粉、もち米粉) <ごはん> おにぎり、栗おこわ(栗、小豆、もち米)、巻きずし(卵焼き、干し椎茸、きゅうり、切り干し大根) <漬物> 梅干し、にがごりのみそ漬け、にがごりのぬか漬け、にがごりの酢漬け、高菜漬け、人参の味噌漬け、たくあん、寒漬け3種 <デザート> しそゼリー、紫さつま芋の芋ようかん、栗の渋皮煮、にがごりのかりんとう そのほか、ハーブのミントや大葉が飾り付けとしてあしらわれていました。 この中で、買ってきたものは、昆布、厚揚げ、卵、いりこ、鶏肉ぐらいです。そのうち、水俣産でないのは昆布ぐらいでしょうか。おおよそ30〜40品ぐらいの素材が使われています。ひとつの食材でも干したり、生鮮だったり、漬けたりと味わいも様々です。 栗の渋皮煮やといもとみょうがの酢みそ和えなどは、今、ここでなければ味わえない一品です。 すべての料理を食べる前に説明していただきました。田畑や素材が作られる場所を見て、その空気と水の下で食べる料理は、ふつうより2倍も3倍もおいしく味わえます。 ●5月は忙しいけれど…くさぎ菜 今回個人的にはじめて出会った食材は、くさぎ菜です。自生している葉を5月に採取し、乾燥して保存します。生の葉っぱをかじってみましたが、くさくてとても食べられたものではありませんでした。食べるときには、水で戻して、何回かゆでこぼしてあくを抜き、それを炒めて卵とじにしたりして食べます。見た目では分からないほど手間がかかっています。 今回は、卵とじ炒めでした。 料理されたものを食べると、不思議なことに、くさみやあくがなくなり、独特の軽い苦みとうまみがあって、あとを引きます。 5月は、田植えや野菜の植え付け、山菜やたけのこ取り、干したけのこ作りなど忙しい時期。なのに、わざわざ今も、くさぎ菜を摘んでは干しています。 「どうしてそんなに面倒なのに、今もやっているんですか?」と聞くと、「だって、おいしいし、ほかに同じ味はないから」とのこと。 さらに、くさぎ菜の木には虫がついて秋になるとこの「くさぎ菜虫」をとって食べていたとのことです。焼いて醤油をかけて食べるとか。一度、食べてみたいものです。 ●だごにもち米粉 だご汁をつくるときに、だごをつまんでは煮立った鍋に放り込むという簡単なお手伝いをさせていただきました。このだごは、中力粉ともち米粉を混ぜて作ります。もち米粉の方を多めにしていました。もち米粉を入れることで、少し軽めでさっくりした歯ごたえになります。なるほど、実際に体験しながら聞いてみると納得です。 このもち米粉も、頭石で栽培されたもち米を粉にしたものでした。 さて、本紙で前回、水底沈さんが餃子の話を書いていましたが、もしかしたら独特の歯ごたえのあるさっくりした餃子の皮にも中力粉だけでなく多めのもち米粉が入っているのではないでしょうか。同じ南九州だし、研究の余地があるかも知れません。 ●行かなければ、味わえない グリーンツーリズムの一番の魅力は、行かなければ体験できない、味わえないことです。特に食の分野は、行くしかありません。たとえ、産直で食材をすべて取り寄せ、レシピ通りに作っても、決して同じ味にはならないのです。 これまでいろんな料理を聞き書きして自宅で作ってみましたが、似ていても同じにはなりません。同じ食材を揃えたつもりでも、品種が違って実際の味や香りが違ったり、調味料が違ったりします。それ以上に、水と空気と、雰囲気がまったく違うのです。 その日、その場で、そこにあるものを料理したり、料理していただいて食べる。 こればかりは、行かなければ味わえない「五感の体験」なのです。 頭石の村丸ごと生活博物館では、週に1回、水俣市内でお弁当の予約を取って販売しています。1食500円で、煮しめをはじめとした料理のお弁当です。これもまた、取り寄せることはできません。せめて水俣市にいなければ味わえないのです。 書いていても、おいしさの記憶がよみがえってきます。 もう一度、行きたい。もう一度、食べたい。 それが、村丸ごと生活博物館の魅力かも知れません。 頭以上に、舌と胃袋、身体が呼んでいます。
|