ドイツ風景〜クリスマスの焼き菓子

広瀬珠子


 ドイツのクリスマスには焼き菓子が欠かせません。しっかり焼いたクッキーやフルーツケーキなどは日持ちがしますから、家庭では11月から少しずつ焼き始め、クリスマスまでにいろいろな種類の焼き菓子がそろうことになります。家の中は香ばしい匂いでいっぱいになり、子どもたちはわくわく。1ヶ月も前から焼き始めると12月
25日まで待ちきれなくて途中でおやつに食べてしまうんじゃないかとも思うのですが、私のドイツ語の先生は子どものころ25日前には絶対に食べさせてもらえなかったと言っていました(この辺の「ルール」は家によって違うようですが)。
 街のコンディトライ(お菓子屋さん)でもクリスマス市でも、それからもっと手軽なものなら近所のスーパーでも、11月末にアドヴェント(待降節)に入るころになるといろんな種類のクリスマス菓子が売られ始めるので、特に都市部では手間をかけて家で焼く人は昔に比べたら少なくなっているのかもしれません。でも焼くプロセスそのものもクリスマスの楽しみの一つであるはずです。

 ミュンヘンに長く住んでいる友人が地元のおばあちゃんの「秘伝のレシピ」を教えてもらったというので、我が家でも挑戦してみたことがあります。作ったのは「Lebkuchen(レープクーヘン)」という代表的なクリスマスの焼き菓子。「クーヘン」はケーキのことですが、これはどちらかというと「クッキー」。円形の大きめのしっとりやわらかい、スパイスのたっぷり入ったクッキーで、チョコレートや砂糖衣でコーティングしてあったり、上にナッツやチェリーなどが飾ってあったりします。レシピをみてまず驚いたのがその分量。アーモンド粉かヘーゼルナッツ粉を800グラムに卵10個というのです。これで60個できることになっていましたが、実際には100個近くできました(やや小さめに作ったせいもあるのでしょうが)。食卓一面に並べたレープクーヘンを眺めつつどうしようかと思いましたが、友人にプレゼントしたり(ドイツ人の友人にも「おいしい」と褒めてもらえた)お茶うけにしたりしていたら、年明けまでにはなくなってしまいました。

 ここで紹介しておかなければならないのが「Oblate(オブラーテ)」です。「オブラート」というと日本ではもっぱら、薬を包んで飲むのに使う、透けるように薄い食べられるフィルムのことを指すと思いますが、ドイツに住み始めてしばらくして私がスーパーで見つけて「???」となったのがOblateでした。見た感じはいうなれば白くて丸い超薄焼き小麦せんべい。直径は日本の「オブラート」と同じくらいですが厚さはゆうに1mmはあり、堅くてまげたり「包んだり」なんてどう見てもできない代物。いったい何に使うのかずっと疑問だったのですが、クリスマスが近づいたある日、買ったレープクーヘンをひょいとひっくり返してみて謎が解けました。クッキーの台(下地)だったのです。作ってみてわかったのですが、レープクーヘンの生地はとてもやわらかくてべたつくので、実はこのOblateが成型時にかなり重要な役割を果たすのです。Oblateを左手に持ってナイフでその上に生地を塗りつけていくのですが、台があるおかげできれいな円形に仕上げることができます。焼き上がったらチョコレートでコーティングし、ナッツなどを飾りますが、この作業もけっこう手間と時間がかかります。
 
あと代表的なドイツのクリスマス菓子といえば「シュトレン」でしょうか。これは日本でも最近けっこうみかけるようになりました。ドライフルーツやナッツが入った、バターたっぷりのどっしりとした甘いパンのようなお菓子で、いびつな山形の横長の独特の形をしています。この形はおくるみにくるまれたイエス・キリストを表すともいわれており、名前も正式には「Christstollen(クリストシュトレン)」といいます。粉砂糖で分厚くコーティングされており、とても長持ちします。というよりも、焼いてすぐに食べるものではなく、1ヶ月くらいまえに焼いておいて、フルーツやバター、ラム酒などが馴染むまで熟成させ、風味を楽しむものらしいです。
 こんなクリスマスのクッキー/ケーキは、もちろんおいしいのですが、バター、卵、砂糖いずれもたっぷり(保存のための必要性もあるのでしょうが)なのがちょっと気になるところ。そんななか「砂糖・イースト・合成膨張剤不使用」という表示で私の目を引いたのが「Fruechtebrot(フルーツ・パン)」でした。小さめの楕円形の黒っぽいパンで、手に持ってみると堅くてずっしり重い。原材料をみると確かに、ドライフルーツが65%を占めていて、あとは小麦粉、ライ麦粉、ナッツ類、植物油、スパイス、Weinstein(酒石)、塩だけ。「酒石」はワインの酸のひとつである酒石酸とカリウムが結晶したもので、ときおりワインの瓶の底にキラキラとたまっているものですが、この「酒石」が膨張剤の役割を果たしているようです。ドライフルーツがたっぷり入っているのでその甘みだけで十分。味は濃厚なので薄く切って食べるとちょうどいい感じでした。  

 と、いろいろ書いていたら食べたくなってきました。まあだいたいの材料は日本でも手にはいるし、レシピもあるし、ひとつ腕まくりしてみましょうか。


copyright 1998-2004 nemohamo