スイスのグリーンツーリズム

源氏田尚子

ピエール、エリザベスと一緒に夕御飯
パッチワークのランチョンマットは、エリザベスの作品 
干し草のベッド 寝る時には、この上にシーツをひく


 ヨーロッパのグリーンツーリズム編、最後はスイスである。昨年の6月末、日本に帰国する直前に、ジュネーブの農家民宿を訪ねた。3年間暮らしたジュネーブの記念にという思いも込めて。
 国連機関がひしめく「国際都市」ジュネーブの郊外には、意外にも、広大な田園地帯が広がっている。実は、市街地の面積はとても小さく、中心部から車で15分も走れば、家並みもまばらになり、牧場やヒマワリ畑、ブドウ畑が広がる。
 私と息子が訪れたのも、そんなジュネーブ郊外のジュスィー村にある農家民宿だ。あいにくの雨の中、ムギ畑の中の一本道をたどって宿についた私たちを迎えてくれたのは、ピエールとエリザベスという老夫婦だ。数頭の牛を飼いながら、小さな畑で野菜を育て、農家民宿を経営している。ピエールが、主に牛と畑の世話を、エリザベスが、主にお客の世話を担当しているのだという。
 案内された客室は、昔、子供部屋だったという部屋だ。ベッドが4つ置かれ、家族連れでも十分泊まれる広さだ(二人連れの私たちには、ちょっと広すぎるが)。壁や天井は素朴な板張りで、天窓から自然の光が差し込んでいる。夜、晴れたら、天窓から星を見ながら眠れそうだ。クローゼットの上には、大きなぬいぐるみが置かれ、本棚には絵本や子供達に人気の「タンタン」というマンガが並んでいる。何故か懐かしく、ほっとする空間だ。「うちの子供達が読んでいた本だけど、好きなのを読んでいいからね」とエリザベスに言われ、息子は嬉しそうに「タンタン」のページをめくっている。客室は5部屋あるのだが、この日は全て埋まっていた。
 家の中には、お裁縫が大好きというエリザベスの作品があちこちに飾られ、暖かい雰囲気があふれている。廊下にはパッチワークの壁飾りが飾られ、客室のドアの番号札にも、刺繍が施されている。客室内の「禁煙にご協力ありがとう」という表示まで、一文字ずつ丁寧にクロスステッチで刺繍した額でできていた。私はたばこを吸わないが、愛煙家でも、ユーモアあふれる、この手作りの表示には、参ってしまうのでは?
 夕食は、ピエール、エリザベスと一緒にキッチンで食べた。前菜は、トマトとタマネギ、レタス、ゆで卵のサラダ。メインは、厚切りのハムステーキに、畑でとれた新じゃがとスナップえんどう、にんじんのソテー。新じゃがはホクホク、スナップえんどうは甘くて、とても美味しかった。デザートには、これも畑でとれた洋ナシとプラムを、コトコト煮たコンポート。コーヒーと一緒に、エリザベスお手製のクッキーもいただいた。スイスの農家らしく、料理はとてもシンプルだったが、ピエールやエリザベスから、いろいろな話を聞きながら食べるのは楽しい。
エリザベスは8年前に農家民宿を始めた頃の話もしてくれた。最初は、たった一部屋から始めたのだそうだ。子供達が大きくなって独立し、空いた部屋を有効利用したのだという。そこから、少しずつ、部屋数を増やし、現在は5部屋にまでなった。「農家民宿をやろうって初めに気負うと大変になっちゃうけど、一部屋から始めたのが良かったのかも知れない」、「お客さんに出す食事も、最初は、朝食だけにしていたわ。初めは、どんなものを出したらいいのかも分からなかったけど、結局、うちで普段、食べているものを出せばいいのよね。それが一番喜んでもらえるみたい」と成功の秘訣を話してくれた。
 翌日は、畑と牛小屋を見せてもらった。家の裏手にある小さな畑には、ジャガイモやトマト、カボチャなど、いろいろなものが少しずつ植えてある。昔は、ブドウを育てて、ワインもつくっていたそうだ。牛小屋は残念ながら空っぽだ。「牛は今、山にバカンスにいっているんだ」とピエールが冗談めかして教えてくれる。スイスでは、6月から9月まで、牛は山で放牧され、秋になると、牛小屋に戻ってくる。
 ところで、この期間の空いた牛小屋を利用して、ピエールとエリザベスは面白い宿泊キャンペーンをやっている。ふかふかの干し草の上で、夜、寝ることができるのだ。テレビでやっていた「アルプスの少女ハイジ」で、ハイジが干し草のベッドで寝るシーンがあるが、そのベッドを体験できる。干し草の上に寝転がってみると、ほのかにお日様のにおいがする。泊まるときには、干し草の上にシーツを引いて寝るのだという。
 ピエールとエリザベスは、子供達の農業体験学習にも熱心だ。毎週木曜日に、ジュネーブの小学校を受け入れている。干し草のベッドでの宿泊も人気で、「この間は、保育園の遠足が来て、泊まっていたのよ。先生と一緒に、4、5才の子供達が20人も来て。かわいかったわよ」とエリザベスも楽しそうだ。スイスの文化のルーツとも言える、昔の農家の暮らしに触れることは、子供達にとっても大切な経験になるに違いない。
素朴で、暖かさにあふれたスイスの農家民宿。農家の側も、楽しんで経営しているのが印象的だった(もちろん、大変なことはたくさんあるのだろうけど)。数年後、是非、また訪れてみたいと思っている。


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