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テーマ:花粉症と遺伝子組み換えイネ


牧下圭貴




 2005年は、スギ花粉の飛散量が過去最大級だとか。ということで、ちまたでは花粉症対策が大きな政治・経済課題となっているようです。そこに出てきたのが、遺伝子組み換えによる花粉症予防イネ。遺伝子組み換え作物を売り込む絶好の機会とばかりに、早くも大宣伝がはじまっています。

■花粉症予防イネとは
 農林水産省の外郭研究機関(独立行政法人)である農業生物資源研究所が開発している遺伝子組み換えイネのひとつが「花粉症予防イネ」です。
 農業生物資源研究所のホームページでは、【私たちが開発を目指しているスギ花粉症緩和米は、簡単に言うと「毎日のご飯を食べることによって、スギ花粉に対する減感作治療法をしよう。」というものです。】と説明しています。
 スギ花粉症は、春先に飛散するスギ花粉を吸い込むことでアレルギー症状を起こすものです。アレルギー症状の直接的な引き金にはスギ花粉中の2種類のタンパク質が関わっているとされています。このタンパク質の一部(ペプチド)がヒトのT細胞と結合してアレルギー症状を起こします。このペプチドをT細胞エピトープといい。いくつかの種類があります。
 そこで、7種類のエピトープがお米の粒にできるようイネの遺伝子に人工の遺伝子を組み込んだものが、花粉症予防イネです。
 これを毎日、普通に炊飯して食べることで、スギ花粉に対してアレルギー症状が起こりにくくなるよう、起こっても軽くてすむような「治療」をしようというものです。

■これまでの経緯
 2004年に、隔離ほ場栽培の申請が行われました。
 隔離ほ場栽培とは、他のイネなどの作物から隔離したほ場(田畑)で試験栽培するもので、屋外(開放系)栽培です。
 2004年には、神奈川県平塚市の全農(全国農業協同組合連合会)の研究施設で隔離ほ場栽培が予定されました。しかし、周辺の生産者、消費者団体からの反対があり、全中(全国農業協同組合中央会)や神奈川県、平塚市からの要請もあって、隔離ほ場栽培は中止され、温室での閉鎖系栽培のみとなりました。
 2005年には、農業生物資源研究所が、茨城県つくば市の研究所内で隔離ほ場栽培するとの報道(04年12月2日、共同通信)がされています。
 また、2005年のスギ花粉飛散量が過去最大になると予想され、政府は花粉症対策研究検討会を開き、その中で、この花粉症予防イネについても、開発をすすめ、農水省は、2007年にも実用化する方針を打ち出しました。(新聞各紙報道による)

■第二世代
 花粉症予防イネは、遺伝子組み換え作物の第二世代と呼ばれています。これまでの遺伝子組み換え作物は、除草剤耐性や殺虫、殺菌性のもので、主に農業生産のための効果を狙ったものでした。
 それに対して、花粉症予防イネや鉄分増強イネ、ゴールデンライス(ビタミンA生成イネ)は、消費者に向けた効果を強調するものです。
 遺伝子組み換え作物は、たとえば日本でも8割の人が不安を感じています。実際には、日常的に遺伝子組み換えの大豆、とうもろこし、ナタネ、ワタ由来の食品を食べているのですが、これは表示制度がゆるやかで消費者には分かりにくいためです。
 そこで、遺伝子組み換え作物のイメージを高めようと考え出されたのが、この第二世代(消費者向け)作物です。

■生態系への影響
 花粉症予防イネに限らず、遺伝子組み換え作物は、生態系への影響が心配されています。それは、一度、生態系に遺伝子組み換え作物を放出すると、その作物や、組み込まれた遺伝子が、なにか問題があったとしても生態系から回収することができないからです。
 実際に、スターリンクコーン事件が起きています。人間の食用として認められていないスターリンクコーンがアメリカのタコスをはじめさまざまなとうもろこし製品に混入していることが分かりました。スターリンクコーンが栽培されなくなった今も、遺伝子組み換え/非組み換えにかかわらず、とうもろこしからスターリンクコーンの組み換え遺伝子がある程度の割合で検出されています。
 花粉症予防イネに含まれるのは人工のスギ花粉に含まれるタンパク質の一部で、その長期的な影響は不明です。
 2004年に、神奈川県平塚市の全農試験センターで開かれた説明会で、生物資源研究所の研究者は、「すべてを知ることは神でない限り分からない。ここまでの安全性は確保している」と言い切りました。実際には、作り上げた花粉症予防イネそのものにも、目的とするエピトープ以外のイネのタンパク質の増加や減少が起こっています。

■農業への影響
 イネは一般に自家受粉作物と言われています。しかし、実際には、風によって花粉が飛び、少ないながらも交雑します。また、動物や昆虫によって運ばれ、別な場所で育つこともあります。
 米農家と話をすると、赤米などを栽培した翌年以降、ふつうの品種を植えても、何年経っても、必ず赤米が混ざると言います。赤米などは、古い品種で「強い」とは言われますが、今の品種でも起こっていることです。
 一度、ふつうの田んぼで栽培されるようになったら、いくら分別しようとしても、混入することは避けられません。
 特に、有機農産物を栽培する農家には深刻な影響が出ます。有機農産物の要件には、遺伝子組み換えでないことが求められているからです。
 有機農家でなくても、今後、ますます品種の特定や栽培履歴の確認など、農産物のトレーサビリティ(追跡可能性)が求められます。そのときに、遺伝子組み換えイネの混入があった場合、だれが保障してくれるというのでしょうか?

■人体への影響…医薬品ではないのか?
 もっとも問題なのは、農水省や農業生物資源研究所が、花粉症予防イネは、「健康機能性」であり、ふつうの食品として生産、流通させられるとしていることです。
 花粉症予防イネは、その目的として本来イネに含まれないペプチドを含んでおり、それを治療的に使おうというものです。しかし、医薬品にしてしまうと、遺伝子組み換え食品としての安全性評価だけでなく、医薬品としての安全性評価が求められることになり、評価のために長い時間が必要となります。そこで、あくまでも「特徴」であって、「医薬品」ではないという立場をとっています。
 治療目的に使うものを、他の食品と同様に扱っていいものでしょうか?
 現在、漢方薬に使う薬草でさえも、薬事法の対象になっています。
 幸いなことに、今のところ、厚生労働省は、花粉症対策研究検討会などで、食品ではないとの立場を表明しています。厚生労働省が見解を変えなければ、医薬品としての安全性評価と生産、流通の規制が行われ、安易に栽培されたり流通することはないはずです。

■人体への影響…本当に「予防」できるのか?
 はたして、花粉症予防イネで、スギ花粉症の症状緩和や予防、治療ができるのでしょうか? 確立した治療法ではないのではという指摘もあります。さらに、人工的に生み出された7つのエピトープが新たなアレルゲンとならないのか? 花粉症予防イネそのものが、別のアレルゲンとならないのか? そういう研究は行われていません。
 その効果は、まだ誰も人体での検証を行っていないのです。
 それなのに、農水省などは、「開発に成功した」と言っています。
 いったい誰に対して言っているのでしょうか?

■日本の港周辺に自生しはじめた■炊き分けるの? みんなが食べるの?
 農業生物資源研究所のホームページでは、分別栽培、分別流通の必要性を書きながらも、減感作療法が長い期間を必要とするため、なかなか受ける人が増えない。そこで、普通の食事で治療ができる花粉症予防イネの出番であるというようなことを書いています。
 一方、2004年の平塚市での説明会で、共同開発者の全農は、分別流通のためには、粉にしたり、色を付けたりなどの工夫が必要と言っています。
 インターネットで、ある人が書いていました。家族の中で花粉症の人と、そうでない人がいたら、毎日炊き分けるのだろうか? と。
 もしかしたら、炊飯済みの花粉症予防ご飯をパックに詰めて、「特定保健用食品(トクホ)」として売ろうというのかも知れませんね。

■そもそも、なぜ花粉症が。
 厚生労働省のホームページによると、【日本の花粉症の人は30〜50歳代に多く、日本の人口の約16%(1998年の推計)】で、さらに増加しているそうです。そのほとんどがスギ花粉症で、スギ花粉症は日本の特徴的な花粉症として知られています。1960年代に登場し、わずか40年ほどで、爆発的に増えました。
 直接の引き金はスギ花粉によるものですが、大気汚染をはじめ、本当の原因はよく分かっていないようです。
 日本の社会生活や経済活動に大きな影響を与えており、多くの人が苦しんでいるわけですから、花粉症の治療や予防法の確立は必要不可欠ですが、なぜ、スギ花粉症が増えているのか? どうすれば減らすことができるのか、根本的なところからの研究や対策が必要ではないでしょうか?
 花粉症予防イネに、多額の国家予算をつぎ込むのは、なにか別の意図があってのこととしか考えられません。
 2005年のスギ花粉大量飛散を、遺伝子組み換え作物研究開発の追い風に使おうというのは、とても、はずかしい行為ではないかと思います。

参考:
農業生物資源研究所 http://www.nias.affrc.go.jp/

遺伝子組換え情報室
http://www2.odn.ne.jp/~cdu37690/
スギ花粉症緩和遺伝子組換えイネの問題点(河田昌東氏)
http://www2.odn.ne.jp/~cdu37690/sugikahunsyouinenomondaiten.htm

「沈黙の冬」をもたらすかも知れない遺伝子組み換えイネ(C.H.カミングス 「ワールドウォッチ誌」2004年5月6月号、「地球環境データブック2004−05」所収)

遺伝子組み換えイネ監視市民センター(筆者運営)
http://www.gmrwatch.org/




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