しずみんの まう・まかん
お題:とり

水底 沈

●アジアのごちそう
 インドネシアやインド、中東など、アジア諸国では、鶏肉は牛などよりずっとごちそうだ。
 日本では牛肉が、お値段でも格でも幅を利かせているが、アジアの市場に行くとそうでもない。
 丸ごとの鶏をあぶり焼きにしたり、ぶつ切りを煮込んだスパイスたっぷりのスープやカレー、黄色いターメリックごはんに鶏の脂が染みこんだやつなどは、最高のごちそうだ。
 バリ島の市場でも、ブロイラーと地鶏は区別されていて、もちろん地鶏の方が値段も高く、ハレの日のごちそう扱いである。自前で鶏を飼っている家も多く、庭先には派手な模様の鶏の一家がナワバリを主張しつつ闊歩している。しじゅうやってくるお祭りや儀式の時には、家の男たちが鶏をつぶして備え、おさがりをいただくわけだ。
 闘鶏がさかんなバリでは、お寺の改築チャリティだなんだと理由を付けては男たちが自慢の鶏を持ち寄ってケンカさせ、賭け事に興じている。ルールはシビアで、負けた鶏はすぐに会場にいる「むしり屋」にむしられ、食べられてしまう。丹誠込めて育てた鶏も、負ければサヨウナラ、イタダキマス、ゴチソウサマ、なのである。
 ちょっと前の日本でも、鶏は「とくべつなごちそう」であった。そして、もっともっとおいしかったはずなのだ。
値段とともに、鶏のえらさ、すごさや、おいしさがじわり・じわりと陰を潜めつつあるようである。

●丸鶏は、実はお得。
 丸ごと1羽の鶏肉は、見た目もダイナミックだし、クリスマスにつきもののごちそうだ。
 いつもスーパーに置いてあるわけではないし、オーブンのない家では敬遠しがちの高級食材、という位置づけではなかろうか。
 しかし、実のところ、丸ごとの鶏は実にコストパフォーマンスのいい食べものなのだ。
 まず、焼いて食べる。おなかにたっぷりマッシュポテトやナッツのピラフ、きのこ類を詰め込んで、オーブンでじわり・じわりと焼いてやる。
 すると、中の詰め物においしい鶏アブラと肉汁がしみこんで、もう中身だけでかなりのごちそうになる。
 もちろん、お肉も食べる。
 大きめのを1羽焼くと、初日ではとうてい食べきれずに、翌日コールドチキンを愉しむことができる。
 欧米では日曜日に鶏やターキーを焼く習慣が残っているところが多く、食べきれなかったらコールドミートを使い回すレシピがたくさん出ている。サンドイッチに入れたり、サラダにしたり。
 レシピ本の中には、「材料」の中に「焼き冷ましのコールドチキン」と普通に書き入れてあるものがよく目に付く。日常的にローストチキンをたべない日本人にはちょっとうらやましいかんじでもある。
 あたため直さず、そのままそぎ取って食べる冷えた肉には、またかくべつのうまみがあるものだ。
 意地汚く骨にしがみついたお肉までこそげ取っていただいたら、次はスープだ。
 一度骨をゆでこぼし、ねぎやしょうがなどといっしょにコトコト煮込んで鶏のエキスを汁に溶け出させる。
 このスープで、カレーをこしらえる。骨にくっついた肉が多ければ、そのままチキンカレーになる。
 さらに残したスープを、ラーメンにする。野菜を煮る。鶏うどんもいいな。根菜類には最高だ。このスープでごはんを炊くと、シンガポールのごちそうごはんになる。
 こうして、丸ごとごちそうのローストチキンで、1週間は楽しめるわけである。もちろん、最初からお肉むちむちの丸鶏を鍋に放り込んでもいい。
 丸ごとの鶏が、意外とお得で便利なことがおわかりいただけると思う。

●鶏肉は、野菜?
 変な話だが、私の個人的な分類では、鶏肉は「野菜」なのである。野菜といっしょに料理したときに、よくなじむからだ。豚肉も、割合野菜に近いところにいる。
 牛肉は、何といっしょに料理しても、肉だけが際だってしまうので、「にく」なのだ。
 根菜とコトコト煮込んだ丸鶏のポトフ、トマトてんこ盛りのインドカレー、じんわりスープを染みこませた大根の煮物、ゆで鶏としゃきしゃき野菜のサラダ。
 どれも、お互いをひきたてあって、おいしさが混じり合っている。
 そういう、鶏肉の優しいうまみを、私は愛している。

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