フィリピン・リトルタジャン・プロジェクト
2002年報告


鈴木敦(農学博士)



 2002年は、6月と10月にそれぞれ20日間ほど滞在した。6月は単独、10月は、体調を崩した牧下圭貴氏に代わり、東北大学修士生で地域づくり問題などに取り組む出川真也氏が同行した。出川氏には、写真撮影などの協力を得た。
 6月の滞在では、継続している気象データの回収、地図の作製、植林の計画づくり実験ほ場についての準備が目的であった。
 10月の滞在は、6月滞在時の打ち合せに基づき、CORDEV側から主に植林を軸とした試験ほ場の計画や植林計画について計画書を出してもらい、それに対して、具体的な方策を検討することと、実際に植林を行うことなどを主眼においた。

【気象データ】
 10月の訪問で、1年間の気温、湿度および降水量の記録を得ることができた。一応気象データの収集は終了と考えていたが、現地在住のCORDEVメンバーで、降水量の記録を継続して取っていたジュリオス氏より継続していきたいと要請があった。10月の訪問時に、それまでの気象データをグラフ化してもっていき、データごと渡してきたのだが、このデータを活用するためにも、ぜひ継続したいとのこと。特に、2002年はエルニーニョが発生しており、異常気象も含めた気象観測を継続していくことにした。
 今後、これらのデータを参考に、トウモロコシ以外の作物を加えた輪作体系を検討していこうと考えている。具体的には大豆または緑肥および食用とてのモンゴ豆(緑豆)の導入を考えている。また気象データと樹種の干ばつ耐性等の特徴とより、樹種ごとの植林適期を判断し、植林計画の立案、実施に役立てたい。

【地図データ】
 2001年度の課題として、地図の入手があった。しかし、現地の地図は存在しておらず、詳細な道路、集落などが記された絵地図さえない状態であった。2001年度の里地ネットワーク事務局長の竹田純一氏により、簡易地図と高低図を作成していただいたが、より詳細な地図の必要があり、6月と10月の滞在時に、時間を利用して、GPSによる緯度、経度の記録を取り、それと、時間ごとの位置をメモすることで、正確な地図を作製することとした。
 GPS(Global Position Sysytem)受信機は、日本より市販のものを持ち込み、データを持ち込んだパソコンに取り込む。それを日本に持ち帰ってから解析し、地図に落とし込むという作業をおこなた。
 データ採取は、5秒間隔で緯度及び軽度を記録するようにGPS受信機を設定し、徒歩ならびにバイクで移動しながら時間と滞在場所をメモに落とし込んでいった。
 6月の滞在時は比較的雨が多かったため、雨の合間を縫ってぬかるんだ道をバイクで走り回りデータを収集した。
 6月の滞在時のデータを地図に落とし、10月の訪問時に披露したが、このインパクトは、CORDEVおよびリトルタジャン住民にとって非常に大きかった。予想以上の反響があり、10月には、植林などの合間を見て、記録を取っていった。
 今後も引き続き、訪問のたびに時間を取って地図を充実させ、リトルタジャンに寄与するつもりである。



【植林計画・試験植樹】

●計画協議
 6月の滞在時に、植林の計画をCORDEVのジュリオス氏、ならびに事務局長のグレッグ氏と協議した。主に、植林する樹種、場所および時期について話し合った。
 樹種についてはアグロフォレストリー・システムの考えを取り入れ、用途の異なる樹種を組み合わせること、ジュリオス氏がこれまで苗育成・植林した経験のあるものを考慮し、マンゴー、ココナッツ、マホガニー、ジェミリーナ、イピルイピル、ニームの6種類にすることにした。
 ジュリオス氏は10年前にマホガニー、ジェミリーナ、イピルイピルの苗を種子より育成し、父親の農場の周囲に植林した経験があり、現在それらは定着し、順調に生育している。ジェミリーナは木の下に多数落ちている実より苗を育成することは可能とのことであった。
 ニームについてはアローナ(リトル・タジャンの近隣の町)周辺より実生を採取することができ、6月の滞在時にもジュリオス氏は50本以上の苗を採取してきた。またマンゴーについては、ジュリオス氏の叔父が種子から苗を育成し、果樹園を拡大している。マンゴーの苗以外は購入してもそれほど高いものではないが、上記のようにリトル・タジャンには各樹種の苗育成の技術があることから、これらを積極的に生かしていくことでグレッグ氏と意見が一致した。植林の時期についてはこれまでの気象データより適度な頻度で雨が降る9月が望ましいとのことであったが、諸般の都合により10月に実施することとなった。
 10月の滞在時に、あらためて今後の計画を協議した。
 この際、CORDEV側からは、「植林の5カ年計画」が提出された。きわめて詳細な計画であったが、6月滞在時に確認した趣旨から大き逸脱し、予算約200万ペソ(約500万円)、リトル・タジャン全域を対象に、種苗は購入し、植林の実施およびその後の維持管理費まで予算に組み込まれていたものであった。
 この計画については、協議の上、取り下げてもらい、当初の予定通り、周囲に採取可能な樹種が多種あること、各樹種の苗育成の技術があることからこれらを積極的に活かすことを確認した。
 基本路線として、リトルタジャン住民の自主性を重視し、意見を採り入れながらすすめることを確認した、
 さらに、
 1 苗はできるだけ購入しない、
 2 植林の意味を理解している人を初期の対象とする
 3 他の人たちの関心を促すために小さなデモ育苗場を作る

 こととした。

 10月に、リトル・タジャンで有機トウモロコシの生産に取り組み、農薬や経済的な自立に関心をよせる住民に集まってもらった。そして、グレッグ氏より植林計画について説明がなされた。またこちらからは小規模・段階的な植林計画を説明・提案し、基本的にその方向で行くことが確認された。
 集まった人たちは植林に関心があるとのことで、デモ育苗場についてはハシント氏が手を挙げ、彼の敷地内に作ることにした。

●デモ育苗場
 ハシント氏の敷地内につくるデモ育苗場は、水やりのことを考え、井戸の近くに設置することにした。育苗場の設置に必要な資材は表1の通りである。
 誰にでも簡単に導入できるよう資材の購入も最小限にとどめ、できるだけ現地で調達することとし、また設置に要した費用と投入労働力の記録することとした。それらの記録に設置時の写真等を加えた「育苗場設置マニュアル」を作成したいと考えている。育苗場の設計・規模についてはまだ詳細は決めていないが、基本的には図1に示したようなものを想定している。全体で30平方メートル、ポット設置場の面積は8平方メートルであるが、これでも1生産者にとっては大きすぎる可能性があり、規模を縮小するか、複数の生産者による共同管理にするかが今後の検討課題である。

●種子
 現地で採取可能な樹種と採取時期について聞き取り調査を行った。結果は表2の通りである。
 秋には、いたるところでイピルイピルが結実しているのが見られた。種子のはいった莢は通常高いところにあり、採取には若干の工夫がいる。しかし、たまたま育苗場予定地の周辺に切り倒されたイピルイピルがあり、30分ほど種子採取をしてみたが、容易に大量の種子を採取することができた。また結実時期ではなかったが、一部のジミリーナからも種子を採取できた。ジミリーナの場合、落下種子を収集すればよく、とても簡単であった。採取した種子には果肉があるため、それを取り除き天日で乾燥し保存すればよいとのことであった。ジュリオス氏の話では、その他の種子を収集することもさほど難しいことではないとのことであり、大事なことはここの住民が自分たちの周辺にいろいろな資源があることを認識し、種子の採取等その活用のために若干の時間と労力を費やすようにすることだと思われた。




●苗
 10月の滞在時に、グレッグ氏とジュリオス氏が調整してくれ、植林計画について「フィリピン環境資源省」の職員と意見交換する機会を得た。
 デモ育苗場設置など小規模で現地の資源を極力利用していくということに賛同を得て、その他に地元の市場でも商品価値のあるレモングラス等のハーブや伝統的な薬草栽培の提案を受けた。環境資源省の地域事務所でも多種の植物を育成しているという。
 非常に幸運なことに環境資源省の地域事務所で育成している苗を無償で分けてもらえることとなり、訪問した。
 環境資源庁の地域事務所には、植林に関心のある有志とともにトラックで行った。片道2時間以上かかったが、ジミリーナ、マホガニー、日本アカシアの苗をそれぞれ365、100、10本もらうことができた。これらを購入すると約2800ペソ(約7000円)となる。
 個人に対し苗の無償配布は行わないとの事であったが、今回は地域のプロジェクトであることと日本のNGO(農と食の環境フォーラム)が関与していることもあり、無償でいただけることとなった。帰り際に「またどうぞ」とのことであり、今後も苗の無償入手や育苗技術・情報(各樹種の休眠打破方法等)を得るために環境資源省の地域事務所と連絡を取り、利用させていただこうと考えている。
 また、今回は、初回ということもあり、農と食の環境フォーラムからの支援として、マンゴーの苗を150本購入した。環境資源庁の紹介を受け、普通は35ペソ/本(約88円)ところを30ペソ(約75円)で購入できた。


●植林実験
 関係者が集まり、苗の分配方法について話し合いが行われた。この話し合いには植林後の維持管理をしっかり行うように注文をしただけで一切口出しはせず、分配方法は自主的な判断に任せた。その結果、有機トウモロコシの生産者であり、植林に関心があることを再確認し、13人で均等分配(マンゴー11〜12本、マホガニー7〜8本、ジミリーナ28本)することになった。
 植林実験では、滞在中、ジョン・ヤダン氏(ジュリオス氏の兄)の植林(マンゴー)を手伝った。植林方法に詳しいジュリオス氏の指導で行われ、その行程は
 (1)植林場所の刈り払い、
 (2)穴掘り(深さ50cm)、
 (3)有機肥料投入、
 (4)表土を投入し肥料と混合、
 (5)苗を植える、
 (6)水はけを考え表面を整地、
 (7)枠および支柱の設置(材料は周辺の樹木を切り出したもの)
 といったものであった。
 このほか、アレックス氏、エミリオ氏、アルバン・ヤダン氏(ジュリオス氏の父)のマンゴー植林に立ち会い、若干手伝いをした。
 マンゴー以外の苗は本数が多いこともあり、私が帰国後に植林することとなった。
 マホガニーは住居の周辺に、ジミリーナは主に圃場の境界に植える予定とのことであった。植林を行った地点は前回作成した地図に記録し、今後成長の様子を調査していくことした。


【その他】

 今期の活動は、私(鈴木)が、6月と10月に滞在し、協議、調査などを行うことができた。今期もっともすすんだのは、植林の実験、計画である。植林については、その効果への期待が非常に大きく、関心も高い。リトルタジャンでの農業、生活にとってもっとも大きな要素となっている「水」確保の上で、植林による植生回復が必要なことは、徐々に認識として広がっている。
 循環型農業の構築については、関心のある層とない層の格差が大きく、試験ほ場の必要性はあるものの、すぐに取りかかって効果がでるものでもない。さまざまな調整が必要なため、もうすこし時間をかけて取り組んでいくべきである。
 小規模太陽光発電を利用したシステムの構築については、動力源、電気の確保という面から取り組まれるべきであるが、技術的な問題もあり、継続的な課題である。今回、日本のNPOであるソーラーネットが執筆した日本語/英語対訳付きの「手作り太陽電池」マニュアルを数冊持っていき、CORDEVに手渡した。関心は高い。
 2001年よりすすめている気象データ、地図データ作成については、実際に作成した現段階のものでも非常にインパクトが大きく、関心が高まっている。期待に添っていきたい。


【今後の取り組みについて】
 2003年も引き続き、植林実験、育苗、農業環境の整備、気象データや地図作製にあたることにしている。
 2003年の活動に際し、リトルタジャン住民ならびにCORDEVに対し、植林計画の一環として、小学校に育苗場を設置することを提案している。これは自分たちの周囲にどのような資源があるのか、またそれをどのように利用していくかを教えるには柔軟な子供時代がよいと思われたからである。また自分たちで育てた苗を持ち帰り、家の周囲等に植えていくことにより少しずつではあるが、地域全体に樹木が増えていくと思われる。
リトルタジャンにはジュリオス氏をはじめ育苗の知識や経験のある人もいて、植林授業の先生も揃っている。この件については、詳細な計画を文書化し、正式に提案する予定である。そのためにもまずは低コスト・低労働力投入でのデモ育苗場の設置・運営を確立していきたいと考えている。


表1 育苗場作成に必要な資材

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資材名               調達方法
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種子                現地で採取(無料)
牧柵                現地の木より作成(無料)
竹(ポット設置場所に周囲い)  現地調達(無料)
プラスチック・ポット        バナナ育苗用を再利用(無料)
バラ線               購入
針金                 購入
ネット               購入
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表2 リトル・タジャン周辺で採取可能な樹種と採取時期

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樹種        種子採取時期  用途
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イピルイピル     10〜11月   飼料、肥料用等
アカシア       3〜4月   薪炭林 肥料木
ニーム        7月       自然農薬
マドリッドカカオ    3〜4月    飼料、肥料用等
マンゴー       2〜4月    果樹
ジミリーナ      3〜4月     木材用
ジャックフルーツ   3〜7月    果樹
アボガド       7〜8月    果樹
ポメロ(ザボン)   周年      果樹
マホガニー      2〜4月    木材用
ナラ(インドシタン) 4〜5月   木材、家具の材料
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