山は春の準備
今日は曇っていたが、一日なんとなく暖かい日だった。
ねずみたちのかまくらも低くなり、でれんと寝ている者もいる。
もう一日中エアコンをつけっぱなしにしているでもなく、日中は切っている。
水槽の下に敷いてあるホットカーペットだけで、温度計は18度以上をキープしている。
山の桜の木もほんのり色づいたようだし、紅葉の木は枝を伸ばしつつある。
着々と、春の気配である。
3月になると、わが家の長老、まめは3歳の誕生日を迎える。
大勢わちゃわちゃとしている中からお迎えしたので正確な誕生日はわからないのだが。
以前に比べると、すっかり足腰が弱くなったまめ。回し車に乗るときも、ガラスびんトイレの出入りの時も、よたつきが目立つ。
それでも、瞳は以前のままののほほん、きょろん、とした輝きのままだ。
まだまだがんばろうね。わが家のいぶし銀。
昨年12月、ぷりまがうちにやってきた時のことである。
最初は35cmのミニ水槽で数日を暮らしたぷりま。直接合わせたわけでもないが、ねずみたちは彼女の来訪を知っているようで、どことなく様子が違った。
なによりそわそわしていたのは、まめである。何かを期待しているような、ほんのりうれしそうな表情で落ち着かない。
ぷりまがまだ慣れずに紙箱に入りっきりの時も、トイレが覚えられずにうろうろしている時も、
「こどもがいるよ。ひとりでいるよ。かわいそうだよ」
と言いたげなまめ。まめは、こどもが大好きなのだ。
もしかして、こどもがもらえるのだろうか。という期待が彼にあったのかもしれない。
数日後、とろとぷりまが無事お見合いに成功し、一緒に暮らし始めた後のまめの落胆ぶりと言ったらなかった。
以前、むぎやコドモたちと引き離された時にそっくりだ。声のかけようもない。
しかし、なぜわかるのだろう…。
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最近豆腐作りを楽しんでいる。豆腐、というより闇の目的はおからだ。私はおからが好物なのだ。
干し椎茸と昆布とかんぴょうを甘辛く炊いて細かく刻み、それらのだしとかつおぶしの粉、すりごま、刻みにんじんなどごたごた入れて、ふかふかの卯の花を炊きあげる。
汁気たっぷりめに仕上げるのがこつだ。翌日、しんみりと冷え渡ったところがうまい。
ごはん茶碗で、もりもり食べる。繊維質の嵐。花山大吉のように、強くなれるだろうか。
おからをこしらえると、副産物として豆乳ができる。(逆だろう…)
これを鍋物に仕立てても素敵だし、面倒ならニガリを打って豆腐に固めてしまえばいい。
素人が絞ったおからにはまだまだ豆乳成分がたっぷり残っていて、ほの甘い。
ねずみにもおすそ分けする。もちろん大好きである。
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ムーシュを 呼んだかね |
まめがうまいよ |
なんかないかな |
おやじのぼりぼり |
ぎゅむっ |
※画像クリックで大きいねずみ
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