書籍「生きる-窪川原発阻止闘争と農の未来」島岡幹夫著

 高知県窪川町(現四万十町)の島岡幹夫さんの本「生きる~窪川原発阻止闘争と農の未来」を入手し、読みました。
 土に生きる全国の農民に、あらためて原発と風土について考えてもらいたい。そのために読んで欲しいと思います。
 それ以上に、土を離れ、都市に生きる私のような人間にこそ、読んで、原発と大地と未来について「土に生きる」人の声を聞いて欲しい、読んで欲しいと願います。
 東京電力福島第一原子力発電所の事故以来、私の心には、それまで反原発運動をしっかりやってこなかった後悔と、有機農業や安全な食、食を通した人と人と、人と大地との関わりについて、これから信念をもってやっていけるのだろうかという不安がつきまとっていました。
 学校給食に関わる市民運動や、提携米という生産者と消費者が直接つながり合い、農業の問題、食の問題を考える研究会の事務局を担い、まずは現実を知ろうと、食品などの放射線を自分たちで測定し、測定とは何か、基準とは何かを学び、知る運動を立ち上げたりもしました。
 しかし、私は都市の消費者でもあり、せいぜい庭先やプランターで土と作物に触れ、全国の生産者と接する、手に土のなじんでいない人間でもあります。
「心に柱の据え方が分からない」
 というのが正直なところです。
 官邸前や国会議事堂前、首都圏で反原発運動や食の安全に関わる様々な市民運動をすることには大きな意味があります。それは、この国の政治・経済・報道の中心が首都にあり、そこに人がたくさんいて、社会の大きな動きをつくるからです。
 毎週金曜日に官邸前や国会議事堂前で続けられている反原発抗議行動に一参加者ではありますが、頭数として参加しているのも、その確信を持っているからです。
 ただ、東京電力福島第一原子力発電所の事故は、その地で起き、今も進行中です。放射能汚染は事故現場を中心にしながらも、当時の風向きや雨の影響、その後の地形、植生、水の流れなどにより東日本太平洋側を中心に起きています。森林、野生生物、田畑、川、湖、生活空間、海。そこにいる生物、あるいは、作物。汚染の程度もまちまちで、影響もまちまちですが、それに対して調べ、対応するという行為は、今後最低でも数十年に渡って取り組まなければならない現実です。
 土地とのかかわり方。農林水産業や食との向き合い方。
 土地に縛られていない生き方をしている人間故に、心に柱の据え方が分からないのです。
 それが、放射性セシウムの食品の基準100Bq/kgという数値として判断を迫ります。
 私は、自分の中に基準よりも高いレベルの(数値としては低いレベルの)線を引き、測定されたものについて福島のものにしろ、どこのものにしろ食べています。基本的に直接知っている人のものを食べています。だからといって、誰かに食べろとも言いませんし、食べるなとも言いません。
 消費者には選択する力があります。それは尊重されるべきものですし、同時に悩みのもとにもなります。
 しかし、土地に生きる人は、大きくふたつの選択しかありません。そこに生き続けるか、自らの血肉となっている土地から離れるか、です。そのどちらも、尊重されるべきものです。
 島岡さんは、土地に生き続けるために、原発誘致に反対し、自民党の地域の幹部を辞め、反対運動に身を投じました。全国の原発立地地域や反対運動の地域にも足を運んでいます。
 事故後もその信念は変わりません。
 しかし…
 本書のはじめににこうあります。
“そんな島岡が「3・11」以後、「原発を止めた男」として、再びスポットライトを浴びることになった。しかし、島岡にとってうれしいことであるはずはない。「福島の人たち」へ想いをはせるとき、島岡は寡黙になってしまう”
 島岡さんは、徹頭徹尾、土に生きる人です。土に生きる人は、土に生きることについて心の底からその思いが分かるのだと思います。それは、私ごときには真に理解できないことなのだと思います。理解できないからこそ、知ろう、知るべきだと思います。
 だからこそ、「生きる」にまとめられた島岡さんの具体的な行動や、ここまでの人生、その言葉は、どんな哲学書や反原発の本よりも、読んで欲しいと思います。
 実は90年代から2000年代前半に高知の島岡さんの田んぼを何度か訪問したことがあります。提携米関係で、東北の米生産者や消費者団体の方々と一緒に訪ねては、話を伺いました。
 いつもにこやかで、本には書けないような剛胆、かつ、おちゃめなエピソードをいくつも話してもらいました。
 93年の大冷害をきっかけに起きた米パニックと緊急輸入、その後のガット・ウルグアイラウンドの受入れに対して、減反差し止め訴訟を1000人規模の原告で起こした際も、原告のひとりとして法廷に立っていただきました。そのときの意見陳述は、本書の最初の方に掲載されています。私は当時の原告(流通側)のひとりとして、島岡さんをはじめ、意見陳述に立った多くの農民の切々とした訴えを今も思い出します。
 島岡さんの意見陳述を読むと、島岡さんが、地域の保守的な農民リーダーとして、自民党の地域のリーダーとして、政府与党の政策に従い、地域のためにつくしてきたことが分かります。その上での、減反政策の間違いをただす意見陳述でした。
 島岡さんは、地方では主流の保守本流の農民です。面倒見がよくて、義理堅く、人情深く、なによりも窪川町の現在と未来に生きる人です。
 原発誘致の動きが起きたとき、島岡さんは即座に立ち上がります。自民党を離れ、社会党・共産党の人たちと協働し、かつ、反対運動には主流の保守支持の人たちが立ち上がらなければ成功しないと、説得、説得に回ります。それは、窪川町の自治の闘いでもありました。
 署名、請願、リコール、再選挙、そして、議会。国会議員、県会議員、電力会社、有力者、扇動者。何にもひるまず、対話を恐れず、負けにもめげず、最後の最後まで、原発誘致をやめた、と、言うまで、戦い続ける。その過程は本書に書かれています。
 書かれていませんが、反原発運動の間、そして、終わってからも、島岡さんには強い思いがあったと思います。「地域に修復不能な傷をつけないこと」です。土地に生きる者だからこそ、自分たちで決め、ともに生き続けることを求めていた。そう感じます。
 原発反対運動とともに、島岡さんは、農薬をやめ、有機農業の道を選びました。
 同根を見たからです。
 東京電力福島第一原子力発電所事故を受けてもなお、原発の再稼働、新設などの動きが出ています。本の帯文にはこうあります。「2000年の農業台地を原発に売り渡し、2000年の何倍もの禍根を子や孫に残すのか」。島岡さんは、反原発を「正義」と言い切ります。正義の信念があるから、動き、説得し、涙し、土を耕します。
 反原発は、運動のための運動ではありません。原発を止めることは正義なのです。運動はそのための手段であり、目的ではありません。そして、それは、民主主義を作る過程であり、終わりのない訓練でもあるのです。そのこともまた、本書で島岡さんの行動、言動から読み取ることができます。
 平成27年春、島岡さんは、元窪川町議会議長として、地域に貢献したと旭日双光章を受勲されました。
 正義を貫くことに、保守も革新もありません。
生きる-窪川原発阻止闘争と農の未来
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