民主主義を前提にしたネットワーク型の市民運動への願い~脱原発基本法に向けて

 反原発・脱原発の運動は、いよいよ法制化をめざすところまで来ました。大飯原発の2基は稼働していますが、他の48基は停止したままです。まずは、大飯原発の2基を止め、大間原発の工事再開を中断することが当面の目標です。同時に、「脱原発基本法」を成立させ、日本のエネルギー政策から核による発電を排除し、廃炉、核燃料と核廃棄物の処理について国として責任を持って行うことを国家の基本に据えることです。
■基本法とは
 法律の制定、とりわけ基本法の制定は、制定過程も重要です。なぜならば、法律が成立しても、次に、法律に基づく「基本計画」が政府によって定められ、その上に、各省庁のこれまでの施策や新しい施策が基本計画に合わせて修正、立案され、予算配分が行われるからです。実際には、基本計画と各省庁の施策のすりあわせは同時並行的に行われます。
 基本法は、ただ成立すれば政策として行われるという性質の法律ではありません。基本法の成立過程の国会答弁や付帯決議が、基本計画の内容に反映します。基本計画も委員会を通じて計画案が作られ、パブリックコメントの後に閣議決定されます。その成立過程が、そのまま、関連施策の立案、予算編成につながります。ご存じの通り、末端の施策に行けば行くほど、その成立過程は見えにくくなります。それゆえに、基本法の成立、審議過程、そして、基本計画の一字一句の文言が勝負です。
■総論賛成・各論??
 さて、「法案」と言った途端に、反原発・脱原発で総論賛成の運動団体や個人から百花繚乱の異論が登場します。例えば、即時廃炉、○○年までに廃炉、段階的廃炉…。そればかりではなく枠組みにも異論が出ます。電力会社の解体、発送電分離、新エネルギーや代替エネルギー促進とのバランス…。また、東京電力福島第一原子力発電所の事故がきっかけになったこともあり、優先順位として、補償、避難、除染などを先に取り組むべきとの意見も出てきます。
 原発維持、拡大、推進の意見を持つ方々を除き、国民の多くの意志が、脱原発、「原発に依存しないエネルギー政策」にあることは間違いありません。その中で積極的、意識的に運動に参加している方々、直接の反原発でなくても、代替エネルギー問題や、原発事故による補償、避難、除染などの問題に取り組む方も、総意として、反原発・脱原発の意志を持っていると思います。
■間接民主主義・法律・国会
 では、なぜ、異論が生じるのでしょう。
 それは、この国が民主主義の国であり、個々の主体的な意志を尊重するからです。だから、異論が出るのが当たり前で、それを調整し、妥協があったとしても最終的に合意して、総論である「反原発・脱原発」を実現するのが、民主主義的手続きです。
 日本が採用している間接民主主義では、最終的には国会での多数決の論理で法律が決まります。国会が成立し(3分の1以上の国会議員の出席)、その過半数による賛成が必要です。それを衆議院、参議院ともに行う必要があります。
 つまり、今の国会議員、あるいは、次の総選挙や参議院議員選挙を経た国会議員、所属政党が法案に賛成票を投じない限り、法律案は案に過ぎず、一切の力を持ちません。
■各論歓迎、多様性の尊重
 さて、市民運動の側の問題です。
 総論が一致しているのに、「あの団体は、即時停止ではないから、運動をやめるべき」「あの団体は主張が柔すぎるから結果的に運動を妨害している」と言った意見は、異論や批判ではなく、その意見そのものが民主主義を否定しかねない行為です。
 どんなに異論があっても、総論が一致している他者や他の運動団体に対し、運動の場からの退場を求めることはあってはなりません。退場を求めることがあるとすれば、それは、総論賛成を利用しての詐欺や洗脳など、犯罪行為を行う場合でしょう。そうではない限り、広い意味で運動の仲間です。批判はしても、存在を否定することはできません。
 一方で、総論賛成ならば大同団結すべし、というのも、実は民主主義にはなじみません。多様な異論を形成する主体の総意であればよく、同じ団体に収れんしたり、合併する必要はないわけです。今日、市民運動がネットワーク型になっているのは、この民主主義の尊重、各主体の尊重によるものです。ネットワークも、強力なものからゆるやかなものまで様々です。それでいいのです。無理にネットワークする必要さえありません。求められるのは、各主体の自立と、異論を聞き、批判し、議論し、合意点を見いだそうとする態度です。議論と批判はつくしても、それぞれの主体を否定しないこと、そして、相手の立場でも考え、お互いに歩み寄ることができないかを考えることも必要です。
 この反原発・脱原発運動によって、ネットワーク型市民運動が広がりを見せています。私は、そこに希望を感じています。
■脱原発基本法の上梓を
 とはいえ、目の前の課題があります。
 政権にかかわらず、未来にわたって長期的な脱原発を行うのであれば、「脱原発基本法」法制化は必要です。拙速に作る必要はありませんが、ここで運動がばらばらになって法律案すらおぼつかなくなっては、もっといけません。まず、「法案」として多くの人たちの調整によって出てきた「脱原発基本法」について考え、議論することからはじめませんか? 全否定から入るのはあまりにももったいないことです。
2012年11月1日 牧下圭貴