「放射線育種」をめぐる最近の動きと問題点をめぐる私論メモ
2023.9.14 牧下圭貴
概要
2023年になり「放射線育種」を問題視する動きが出てきました。
とくにカドミウム吸収抑制の稲(コシヒカリ環1号→あきたこまちRほか)に対する批判があります。
この問題はゲノム編集や遺伝子組み換え作物、種子法、下水汚泥たい肥、カドミウム汚染、原子力産業などの問題とからめて論じられています。
そのため「食品としての安全性への不安」を煽る結果にもなっています。
問題が複雑なことや様々な食の安全に関わる問題とからまされていることから批判的議論がしにくい状況です。
すでに一般には今回の情報発信を受けて「放射線育種=食品として危険」という風説が流れています。
このことは、消費者運動、市民運動、有機農業運動にとっては望ましいことではありません。
具体的には、放射線育種品種を系列に含んだ稲の品種は作付け順位20位以内のうち14品種とすでに一般化されており、これまで問題にされてきませんでした。あきたこまちRをことさら問題視するのは違和感があります。
種子の問題、ゲノム編集、遺伝子組み換え技術、カドミウム、下水汚泥たい肥、原子力産業など様々な食、農業、環境をめぐる問題はそれぞれ関連しながらも取り組むべきですが、あきたこまちRの問題に重ね合わせすぎてはいないでしょうか?
前提として
放射線育種とは
放射線育種とは、人工育種の一種で放射線(ガンマ線・原発由来のコバルト60使用)を使って突然変異を誘発し、有効な形質を獲得させる育種方法です。人工育種には、このほか薬剤処理によるもの、イオンビーム照射によるものなどがあります。
従来の交配選別による品種改良も自然界における突然変異を利用していますが、人工育種は積極的に突然変異を誘発させる点が異なります。
放射線育種の結果できた品種は、あたりまえですが放射線をおびてはいませんし、放射線を放射していません。
放射線育種の果樹や野菜はすでに市場に出回っています。
遺伝子組み換え技術・バイオ編集技術
遺伝子組み換え技術やバイオ編集技術は、さらに直接遺伝子を操作することで自然界ではありえない形質を獲得させる技術となります。
遺伝子組み換え食品(作物)についてはその海外からの輸入開始以前から反対運動が拡がり、承認規制と表示をもたらしました。近年、バイオ編集技術の規制のゆるさや遺伝子組み換え食品の表示の実質的緩和など、規制当局がより推進的動きとなっています。
カドミウム問題
今回問題とされている放射線育種米はカドミウム吸収抑制の稲です。
日本におけるカドミウム汚染の問題とは、人体に有害なカドミウムが土中にあり、それを稲が吸収して米に含まれることがあります。日本は比較的カドミウム濃度の高い国土です。そのため全国的に米の残留カドミウム濃度は農水省が調査しています。とくに鉱山跡の下流域では土中(水中)のカドミウムが比較的高いところがあり、基準値を超えると食用として販売されないしくみになっています。
カドミウム問題は、鉱山跡のみではなく、カドミウム電池の製造・廃棄など近年の産業問題も含んでいます。食の安全に関わる公害問題です。
下水汚泥たい肥問題
下水汚泥たい肥問題とは、近年、地球温暖化対策や生物多様性対策、国際的な化学肥料不足などから、政府による有機農業推進の動きが活発になっています。肥料不足の解決のひとつとして下水汚泥の肥料化を進める動きがでてきました。現代における下水汚泥には、重金属をはじめ、PFAS(有機フッ素系化合物)、ダイオキシンなど人体や環境に有害な物質も含まれ、その除去や作物への影響の排除が課題です。
カドミウム吸収抑制の稲は、そのひとつとも言えます。
原発問題と放射線照射
原子力の産業利用として放射線照射があります。医療、非破壊検査、工業製品の新素材開発などです。放射線照射の照射線源は原発を利用して供給されるコバルト60などです。
食品への放射線照射は、日本では食品衛生法で禁じられていますが、例外として北海道士幌農協のじゃがいもの芽止めのみ認められています(2023年に同施設は取り壊されましたので、実質的に終了したと考えられます)。海外では主に殺菌殺虫目的で使われる場合があり、輸入時の水際検査で止められることもあります。食品への放射線照射は、その結果としてできる変成物質の人体への影響が指摘されています。
繰り返しになりますが放射線照射食品も放射能はおびていません。ただし、食品に直接放射線をあてることでその成分が変質し、異臭や異味の問題、安全性にも問題が指摘されています。
放射線照射食品の問題については長年反対運動が続いており、日本でのスパイス類照射などの動きを食い止めています。
種子法、種苗法
種子法とは主要農作物種子法といい2018年に廃止されました。稲、麦類、大豆の種子について食料確保と増産を目的に政府・地方自治体が品種の改良、種子の供給などについて責任を持つ法律でした。この法律を廃止し、民間事業者に権益を渡すことになりました。しかし、自治体の中には種子法廃止後に新たな条例等をつくって品種改良、種子の供給事業を継続するところもあります。
種苗法は2020年に改定されました。これは主に種子・種苗の知的財産権を従来より積極的に保護することを目的とされており、自家採種を規制するなど、農家の創意工夫を難しくし、生命特許を重視し、食品関連の多国籍企業を利することになりました。
放射線育種米を問題視する論とは
・人工育種品種は自然の進化と異なり環境の変化への対応力や形質の持続性に問題が出る可能性がある。
・自然進化と異なる遺伝子破壊という点では「ゲノム編集」と同様の問題があるのでは。
・従来から放射線育種品種はあるが、コシヒカリ環1号由来のあきたこまちRを含め多くの品種をカドミウム吸収抑制稲にしていく動きがある、従来の動きとは異なる。
・バイオ編集品種開発・導入への切り口になるのでは?
・カドミウム吸収抑制稲であれば自然交配作出の品種もある(代替可能)。

現実的にすでに一般化しています
公益社団法人米穀安定供給確保支援機構による「令和3年度(2021年度)水稲の品種別作付け動向」を参考に、作付け順位1位から20位までの品種について品種開発過程で「放射線育種品種」が系統に含まれているかどうかを調べました。
調べるのはとても簡単で、国立研究開発法人農業・食品産業技術総合研究機構の「イネ品種・特性データベース検索システム」を利用します。これで品種名を入れると系統図が出てくるので、それを順次たぐっていけば系列の先祖に放射線育種の品種がいるかどうかは一目瞭然です。しかも、放射線育種品種であるかどうかについても系列図に明示されますので品種の知識がなくても分かります。
調査は、系列に放射線育種が1系列でも出てきたらその時点で終了していますのでもしかしたら複数の系列に入っているかも知れません。興味がある方は詳細に調べてみて下さい。
調査の結果、20品種中14の品種が放射線育種品種が系列の中に入っていました。
もっとも、作付けの多い比較的古い品種であるコシヒカリ、ひとめぼれ、ヒノヒカリ、あきたこまち、それに、ななつぼしとゆめぴりかは放射線育種品種が系統の中に含まれていません。
放射線育種として系統に登場している品種は
レイメイ(ふ系70号) フジミノリのガンマ線照射
北陸100号 コシヒカリのガンマ線照射
関東79号 コシヒカリのガンマ線照射 です。
どう考えるか(私論)
人工育種技術、バイオ編集・遺伝子組み換え、下水汚泥たい肥、カドミウム問題、生命特許、放射線照射食品、原発問題についての問題点の指摘に異論はありません。すべての問題でこれまでともに有機農業運動、食の安全、環境問題として捉え、反対運動等にも賛同、参加してきました。個別の問題への提起にはおおいに賛同します。また、これらの問題が大企業や政府による生命の支配・独占につながるものとしてひろく関わりを持つことも同意できます。そのような社会の中で人間の尊厳と自然への畏敬を持ち、よりよい社会をつくろうと努力することは必要なことです。
人工育種(薬剤処理、放射線照射、イオンビーム)についても、かつてミルキークイン登場時に問題視しましたが、それは主に生命倫理面からでした。しかし、実際の生産・流通について、食の安全面から問題視することはしませんでした。食品としての安全性に問題があるわけではないからです。実際に(現在はともかく)当時、食の安全を求める流通団体等でもミルキークインは供給されていました。
秋田県によるコシヒカリ環1号由来のカドミウム吸収抑制あきたこまちへの切り替えや同様の他県・多品種の動きについては、品種の特性が失われず、食味も変わらないのであれば、そのこと自体を批判する必要はないと考えます。
食の安全性にかかわることではないからです。ただし、従来あきたこまちを廃し、あきたこまちRのみにするという方針は拙速であり、味や生育状況をみながら新旧並立させるのが望ましい方策だと思います。
仮にこの動きが、人工育種技術を大きく推進するのであれば、「これ以上の人工育種技術の推進はいらない」という問題の整理でいいのではないでしょうか。
むしろ、バイオ編集技術や遺伝子組み換え食品の問題点である表示制度、バイオ編集の届け出から厳格な審査化への規制強化こそ求めるものではないでしょうか。
下水汚泥の堆肥化については指摘されている様々な汚染物質の除去についての規制強化を求め、安易な導入を批判する動きが必要ではないでしょうか。
生命特許など多国籍企業の「農の収奪」の問題についての視点から人工育種をはじめとする科学技術・政治的・法的・経済的諸問題には幅広く取り組む必要があります。
しかし、そのために消費者運動、市民運動の立て方として、あたかも放射線育種の米が「危険」であるかのような科学的な誤読(一般に風評と言いますが)を招きかねない情報発信は消費者運動、市民運動をかえって後退させることになるのではないでしょうか。
インターネットとSNS時代において、このような「誤読」は容易に発生します。すでにこれまで遺伝子組み換えをはじめとする諸問題にほとんど関心のなかった方からも、「放射線のあきたこまち」といった問いが寄せられており、誤った方向に向かっていることを懸念しています。
「放射線育種米」というキーワードを含む問題がどのように推移するか、まったく不明ですが、有機農業をふくむ農業生産者、生協を含む流通団体等が今後冷静に対応することを望むばかりです。