ダーウィンの使者

DARWIN’S RADIO

グレッグ・ベア
1999

 2000年にソニー・マガジンから大森望さんの翻訳で出版された単行本「ダーウィンの使者」。当時、買って読んでいたのだが、「丸目はるのSF」をはじめたのが2003年末なので、すっかり忘れていた。調べてみると続編の「ダーウィンの子供たち」はヴィレッジブックスから2010年に出版されている。この時期は仕事でばたばたしていたのでハヤカワや創元以外はほとんど目に入っていなかった。すでに続編は入手困難になっているではないか。がーん。とはいえ、「続編もあるかもね」という終わり方の作品なので、とりあえず良しとしよう。
 舞台は21世紀初頭の地球。コンピュータサイエンス、バイオサイエンス、通信技術が急速に発展しつつある世界である。書かれた当時の近未来なのだが、それから25年以上経ち、SF作家の予想を上回る発展のしかたに少々驚きながら、すこし懐かしい未来と思って再読する。
 テーマは、パンデミックと人類の進化。
 登場人物はものすごく多いが、主要登場人物として3人が挙げられる。
 ミッチ・レイフェルスン。悪名高く学会から事実上追放されている古人類学者。アルプス山中でネアンデルタール人の成人男女と現生人類の新生児の遺骨を発見したことから、さらなるトラブルに巻き込まれ…。
 ケイ・ラング。分子生物学の天才科学者。グルジア(現ジョージア)共和国でのバクテリアファージウィルスの研究のために滞在していたところ、国連平和維持活動本部から非グルジア人で法医学のキャリアのある唯一の科学者として調査に同行するよう強い要請を受ける。妊婦の大量遺骨が発掘されたため、その時期や背景を判断することを求められたのだ。一時的な任務だったが、それはのちにケイ・ラングの選択に大きな影響を与えることとなる。
 クリストファー・ディケン。アメリカ国立感染症センター(NCID)のウイルスハンター。アメリカ疾病対策予防センター(CDC)の下部機関で、世界中の感染症を調査し、パンデミックの兆候を調べるための専門調査官である。グルジアの現場でケイ・ラングと接触。アメリカに帰国後も、アメリカや各国ではじまっていたパンデミックの原因と対策について政治的、医学的に奔走することになる。

 そして、起きているパンデミックは「流産」。ヘロデ流感と名付けられたそれは、ヒトの遺伝子に含まれる内在性レトルウイルスがなぜか活性化し、SHEVA粒子を生み出し、それが原因となって流産を引き起こすのである。そして、さらに、驚くべきことがおきはじめる。
 公衆衛生上の危機、生殖上の危機、男女の関係性の危機が一度に押し寄せてくる。
 原因究明、政治的な対応、ワクチンの開発、感染源の隔離…。次々に変化する情勢に翻弄される登場人物たち。とりわけ、その対応の中心近くに居て巻き込まれてしまうケイとクリストファー。対応の辺縁にいて悩むミッチ。
 この感染症の鍵はどこにあるのか。ワクチンや隔離、対策は成功するのか。
 人類はどうなる。そして、タイトルに秘められた「ダーウィンの使者」とは。
 進化論の解釈もひとつの鍵となる。

 物語としてはバイオスリラーみたいな感じかな。でも、人工ウイルスとか、ワクチンによる人類改造といった、現実世界で起きたパンデミックに流布した陰謀論やトンデモ仮説みたいな雑な話しではない。自然は、生物界は、進化をどのように成し遂げていたのかという壮大な風呂敷広げる物語なのである。そして、人は右往左往するしかないのだ。

 執筆から25年、バイオサイエンスは飛躍的に発展し、基礎知識も、応用技術も新たなステージに向かおうとしている。その意味ではちょっと古いかも知れないが、久しぶりにおもしろく読ませてもらった。

 続編は「ダーウィンの子供たち」。
 そう、本作で生まれた「新人類」はどうなるのか。