伝説とカフェラテ

LEGENDS AND LATTES

トラヴィス・バルドリー
2022

「指輪物語」の「中つ国」のように人間以外の多種族がおのおのの特徴や特性の中で生きる世界はファンタジーの王道とも言える。ごく当たり前のように舞台設定として使われるようになったがそういう読者の「常識」に甘えてしまい、世界設定が甘いと感じる作品もある。そうなると二次創作的印象が濃くなってしまい、オリジナリティが薄れてしまう。こういう舞台設定をする場合には、どこにオリジナリティを発揮するか、舞台設定とのバランスが求められると思っている。
 本書「伝説とカフェラテ」もまた、エルフ、オーク、ノーム、サキュパス、ドワーフ、ラットキン、パック(ホブ、ホブゴブリン)、ストーンフェイに人間など多様な種族で構成された世界が舞台である。
 主人公のヴィヴはオーク。スカルヴァートを退治するという仕事を終え、チームから離れて傭兵を引退したばかり。読書好きで、引退した理由は長年の戦いによる腰などの身体の不調もあるが、なによりも「やりたいこと」があったからだ。
 かつてノームの街で出会ったコーヒーという変わった飲み物。紅茶とも違う独特の香りと味と、それを口にするときの不思議な落ち着いた気持ち。落ち着くし、目も覚める。「コーヒーを出す店をやりたい」そう思ったのだ。
 ヴィヴはスカルヴァートの戦いで手に入れた「石」の幸運をもたらすという力を信じ、慎重に見定めてテューネの町の古い元馬貸し屋に場所を定め、そこを持ち主から手に入れた。この場所で店を作り、道具をそろえ、従業員を雇い、カフェを開くのだ。
 期待と、不安のなかで、ヴィヴは新たな道を切り開き始める。

 いやあ、身につまされます。10年ほど前、それまでの現代の傭兵的な「フリーランス」の仕事から身を引き、自宅を改装して小さなテイクアウトの飲食店をはじめた身としては、構想し、店をつくり、準備し、開店し、宣伝し、メニューや運営方法を工夫しながら変化していくというのを思いっきり追体験しているような気持ちにさせられたからだ。
 心からヴィヴを応援してしまう。わかるー、その気持ちってやつだ。

 さて、それは置いておいて、新しい町で、新しい仕事をはじめる。これまでの知識と経験をフル動員しながら、パートナーとなる新しい仕事仲間を探し、働き、出会い、新しい関係性が生まれ、広がり、深まっていく。そういう物語だ。
 ヴィヴは力強い、そして、見る者からすれば怖いとも感じられる、いかにも傭兵といった存在。しかし、その内側には繊細な心が宿り、深い探究心もある。総じて言えばやさしさや公平さを持っている。しかも、よく読めばわかるが、女性である。すっと読み飛ばすと、元傭兵のオークとあるだけで男性だと錯覚しがちになる。しかも途中からサキュパスが登場して主人公のヴィヴと絡んでくる。サキュパスといえば男性を虜にする性的魅力のある女性的存在である。ますますオークのヴィヴは男性と見えてしまう。このサキュパスもみためとサキュパスという固定観念とはまったく違って冷静なマーケティングやデザインの才能を発揮したりする。
 同じように、ホブ(妖精)が優秀な大工だったりもする。
 そういう現代的な固定観念にとらわれない「多様性」を全面に押し出しつつ、それを意識させない物語展開となっている。

 無事店を開店させたヴィヴ、しかし、それだけでは物語にならない。地元の「用心棒」によるみかじめ料の要求があったり、ヴィヴの「過去」が追いかけてきたりする。元傭兵のヴィヴ、暴力で解決する方法もあるが、新しい環境で、適応し、成長していく。
 どう読んでも魅力的な主人公である。その周りの仲間たちもまた。

 こういうカフェに行ってみたい。
 上質な現代的ファンタジー&フード小説であった。