伝説とカフェラテ 傭兵、本屋をたてなおす

BOOKSHOPS AND BONEDUST

トラヴィス・バルドリー
2023

 ファンタジー「伝説とカフェラテ」の主人公ヴィヴの前日譚である。前作ではオークの女性ヴィヴが傭兵稼業を引退し、小さな町テューネでカフェを開くという夢を実現する物語であった。読書好きで、おいしいパンには目がなく、好奇心に満ち、交渉上手だけど、深い人間関係には慎重でちょっと臆病な力強い比類なきキャラクター。
 本書は、そのヴィヴが傭兵としては新人のころのできごとである。有名なラッカム大鴉団に新人として入り、戦闘で傷つき、港町マークに治療のため置き去りにされたヴィヴ。迎えに来るとは言われたものの、もしかしたら足手まといとして見捨てられたのかもしれない。そういう不安と焦燥に駆られながらも、自由が完全には効かない身体を抱え、退屈を紛らわすために町を散策していたところで出会ったのは、やる気のないぼろぼろの本屋。薊の棘書店という名のその本屋を切り盛りしているのはラットキンのファーン。無類の本好きではあるが、死んだ父親の後を受けた店は、明日にもつぶれそうだが、どうしていいか分からない。退屈しのぎに入ってきた本には興味のなさそうなヴィヴに1冊の物語を勧める。「鎖の十個の輪」、脱獄の話である。そうしてヴィヴは読書の沼にはまっていくのだ。オークの大工ピッツ、ドワーフのパン屋のメアリー、蛇人の門衛長イリディア、海妖精の宿屋の主人のブランドなど、港町マークでの出会い。日を追うごとに、人とのつながりは深まっていく。ヴィヴは本屋にいりびたり、読書の喜びに目覚め、やがて本屋をたてなおすことに夢中になっていく。それだけではない。事件の予感もある。ラッカム大鴉団が追っていたネクロマンサーのヴァリンの手下達の気配が静かな港町マークにも感じられたのだ。戦っていたヴィヴはそのことに気がついていた。ひとりでは戦いきれないことは十分に分かっている。
 カフェを経営したいという思いを描き、実現させたヴィヴは、どうやっていまのヴィヴになったのか。人には過去があり、人には未来がある。物語はいつもそのどこかを切り取った濃密な時間のみを描ている。

 濃密な物語の前日譚、後日譚は、その物語をかみしめた読者への著者からのささやかなプレゼントである。しかし、時として、そのプレゼントは、空想の羽を広げていた読者の期待を裏切り、失望させ、物語すら色あせさせることがある。別の作家やファンが二次創作として前日譚、後日譚、サイドストーリーを書くこともある。それはやはり別の作家、別の著者の物語であって、気に入らなければ心の中でリセットしたり、別の箱に入れたり、忘れることもできるが、著者自らがそれをした場合には、心の奥底に澱のようなものが残ってしまう。だから、前日譚、後日譚、サイドストーリーは、オリジナルの物語よりも重要だと思っている。
 シリーズ物もおなじことが言える。
 だから、知っている主人公や登場人物達の新しい物語はいつも楽しみだけれど、かすかな不安をいだきながら読むことになる。
 読んで良かったと思えるだけでなく、読んで元の作品が読みたくなるとすごく嬉しくなる。本書はすごく嬉しくなる作品だ。
 そうだよね、若きヴィヴはヴィヴらしいけれど、若きヴィヴをヴィヴにしていった出会いや周りの人達がいたからだよね。