プロジェクト・ヘイル・メアリー


PROJECT HAIL MARY

アンディ・ウィアー
2021

 長編「火星の人」、映画「オデッセイ」のアンディ・ウィアーの長編である。「アンディ・ウィアーは裏切らない」。間違いない。SFが好きな人も、そうではないけど「オデッセイ」はよかったなあと思っている人も、読めば間違いない。
 そして、本作は、実に紹介しづらい名作である。まず読もう。いろんな紹介や書評があふれているかもしれない。この文章もまた、そういうものだが、はっきりいってあらすじを紹介するのは野暮である。何も言いたくない。何も書きたくない。ぜんぶ読書体験として感じてほしい。映画化が進んでいるらしいが、そして、映画は見たいが、できれば、まず、このすばらしい読書体験を先にしてほしい。ぜったい後悔しない。すんげーおもしろいから。あーどうすれば読んでもらえるだろう。
 たしかに、物理学、いわゆる古典力学や相対性理論、量子論などの記述もある。化学や生物学、工学、材料工学、電気工学などの知識や、太陽系、近傍の星系、地球温暖化や気候変動などについてもわかっているとよい。でも、わからなかったり難しいなと思うところがあれば、それは目は通すが読み飛ばしても大丈夫。おもしろさや感動は薄れない。
 あらすじは書けないけど、釣書として、物語はこうはじまる。
 一人の男が異質な空間で目を覚ます。記憶がないが科学的素養はじゅうぶんにありそうだし、科学や実験は大好きのようすで、好奇心も旺盛。それは宇宙船の中で、どうもひとりぼっち。記憶は少しずつ、少しずつよみがえってくる。まずは自分の名前から。しかし、状況は待ってくれない。彼はなぜ宇宙船にひとりでいるのか、そして、ここはどこなのだ。なんのためにここにいるのだ。この宇宙船に備え付けられている科学実験施設はなんのために、だれのためにあるのか。男は行動をはじめ、少しずつ記憶を取り戻しながらも、与えられたミッションを果たそうとしはじめる。それは、彼が本質的に「善い人」であり、ユーモアもあり、努力家で、科学が好きで、物事の明るい面を見て行動する力を持っているから。だから、きっとミッションは達成されるに違いない。読者はそれを信じて読み始めていく。
 物語は、男がいる宇宙船と宇宙空間の「現在」と、彼が少しずつ取り戻す地球での過去の「記憶」が交互に出てくる。それは読者にとっても、主人公の男にとってももどかしくもはらはらする答え合わせなのだ。
 そして、「現在」の物語序盤に「………」が起きる。ここからが俄然おもしろい。
 まっすぐな物語だ。まっすぐな、というのは、知性と科学への深い信頼に基づくという意味だ。そういろんなことはあっても、心の内には悪があっても、善性というものがあって、信じようではないか、と思えてくる作品。「火星の人」でもそうでしたね。
 SFとしては、なるほど、であると同時に、そんなご都合主義なことが、でもあるが、そういう分析はどうでもよい。
 読んだ方がいい作品、小説というのは、こういう作品をいうのだ。
 分断と危機の時代に突入したいま、そうではない物語で心を鍛えよう。