フラッシュフォワード

フラッシュフォワード
FLASH FORWARD
ロバート・J・ソウヤー
1999
 2009年4月21日CERNヨーロッパ素粒子物理学研究所では、LHC大型ハドロン衝突型加速器の実験を行った。ヒッグス粒子を検出するための最初の実験である。
 しかし、その実験は意外なできごとを地球規模で引き起こした。実験開始から終了までの2分強の間、人類の意識すべてが2030年10月23日に飛んだのである。2030年10月23日に起きていた人はその行動を客体として体験した。寝ていた人は変な夢を見る者もいた。そして、その時死んでいた人たちは…。
 その2~3分の間、人々の意識は飛んでいるのだから、立っていた人、行動していた人の多くに影響があった。車を運転していた人は衝突し、飛行機も墜落、階段から落ちて死ぬ人、さまざまである。もちろん、未来を見知ったことで、絶望した人、希望に満ちた人もいる。
 なぜそんなことが起きたのか?
 未来は決定しているのか? それとも変えられるのか?
 このふたつの問いが、全編のテーマである。
 物語は、CERNの実験主任であったロイド・シムコーと、若い共同研究者のテオ・プロコビデス、それに、ロイドの婚約者でエンジニアのミチコ・コムラのそれぞれの思いや行動とともに描かれる。予測し得なかった世界的惨事への責任、愛する者を失ったことによる悲嘆、未来を知ったことによる「あらかじめ予定された裏切り」、「死への恐怖と回避への希求」。などなど。
 話としては面白いのだけれど、1999年に描く2009年の世界描写には苦笑するしかない。しかたないのだ。さらに、2030年までの過程の予測については、まあ笑い話である。近未来の予測は誰にもできないのだから。とくに、技術、経済とか政治は。ソウヤーの予測、楽しいので笑いながら読んでみて。
 たとえば、ドナルド・トランプは、自分の遺体を安置するために砂漠にピラミッドを建設中だとか、アメリカがメートル法に変わるとか、ビル・ゲイツが全財産を失うとか、そして、スター・ウォーズ9部作がまだ完成していない、とか。
 ちなみに、現実世界ではLHCが最初に稼働したのは2008年9月10日であり、これについてはなかなかの予測だが、現実がちょっとだけ頑張っていたようだ。2013年には、ヒッグス粒子の存在が確定している。
 ところで、あなたは未来を知りたいですか?
 私は知りたくないです。まあ、もうすぐ56歳にもなりますので、明日死ぬことだってあるという気持ちになっていますが、毎日、その日その日が楽しみですので。
2020年12月

ターミナル・エクスペリメント

ターミナル・エクスペリメント
THE TERMINAL EXPERIMENT
ロバート・J・ソウヤー
1995
 90年代後半から00年代にかけて、ロバート・J・ソウヤーブームがあった(らしい)。次々と翻訳され、ヒットしてきた。だが、なぜか1冊も読んだことがなかった。手が伸びなかったのである。タイミングを逸した。なんとなく避けてきた。基本的に地球の現代もので、ひとつの科学的外挿による事件を描いた作品で、そのあたりが手を出さなかった理由なのだろうか。2020年になって、ようやく手を伸ばしてみた。最初の1冊が「ターミナル・エクスペリメント」。「死」がテーマのサスペンス作品である。AIに脳の全シナプス反応をコピーし、人格をダウンロードすることができる技術が開発された。2011年12月、「死」に対して研究と派生技術製品の開発で著名なピーター・ボブスンは死にかけているサンドラ・ファイロ警部に、ある告白と提案をしていた。ピーターの3体の仮想人格のうちのひとりがサンドラを含む複数の殺人・殺人未遂事件の犯人だと。そして、この事件を解決するためにサンドラの仮想人格化とピーターの持つすべてのデータへのアクセスを保証すると。サンドラは1995年、ピーターの大学時代から、ピーターの足取りを追い、そして、犯人を捜し、追い詰めようとする。
 という物語である。
 現代物のやっかいなところは、1995年に2011年、すなわち15年後を舞台にしている作品を、2020年、さらに約10年後に読んでいるわけで、科学技術のズレにとまどってしまう。
 もちろん、作家が導入したAIや「死」にまつわる派生技術とその影響というのは、そもそもSF的要素であり、そこでの社会的混乱や技術についてはさほど違和感はない。
 しかし、社会的背景、たとえば国家や社会的風習、政治状況、インターネットや電子ブックの普及具合などについては、予測とのズレが大きいと、苦笑になってしまう。
 そうなると、こういう作品の寿命はどうしても短くなってしまう。
 古くさい設定でも、長い寿命の作品はあるのだが、そういう意味では、ソウヤーは流行作家なのだろう。時代にフィットした作品を読者にしっかりと提供できるのだ。
2020.12

星海への跳躍

星海への跳躍
LIFE LINE
ケヴィン・J・アンダースン&ダグ・ビースン
1990
 少し先の未来。でも、古いSFなのである。本書の中では米中対立が柱だし、中国はさほどの影響力を持っていない。
 舞台は地球-月圏。ラグランジュ4のアギナルドはアメリカと交渉の末勝ち取ったフィリピンのコロニー。ラグランジュ5のオービテク1はアメリカの科学産業コロニーだが、実質は民間企業カーティス・ブラームス社の支配下にある。同じくラグランジュ5にはソ連のキバーリチチも存在している。月面にはアメリカを中心に建設されたクラヴィウス基地。そこには、アメリカ政府の指示で、ラグランジュ4に建設中だったオービテク2の建設スタッフも降りてきている。舞台はこのアギナルド、オービテク1、キバーリチチとクラヴィウス基地で、そこにいる人たち。なぜならば、地球上で核戦争が勃発したからである。かれら数少ない宇宙の人たちは、その光を宙から見て、そして、彼らが宇宙に取り残されたことを知った。それぞれのコロニーや基地は地球からの支援を前提に運営されており、自給できる体制にはなかったからである。地球の通信網は、核戦争に伴う電磁パルスによって壊滅しており、地球の状況を把握することは困難。地球では人類は滅ぶことはないとしても、文明再興まではそれなりの長い時間がかかることになるだろう。つまり、人類の希望は、食料も水も移動手段も限られたこの4つの施設の人たちにかかってしまったのである。
 何人かの個性的な登場人物が出てくるが主人公と言えるのは、フィリピンコロニーのラミス・パレラ青年であろう。フィリピンの天才生物学者のルイス・サンドバール博士の下で研究者として働いていた両親を事故で失い、地上に残ることを選択した兄と別れてアギナルドの大統領の養子としてコロニーで成長する青年である。コロニー独特の重力環境を活かして夜な夜な生身で空を飛び、その身軽さを鍛えていた青年は、この危機の前に、その能力を買われてアギナルドとオービテク1をつなぐ突飛もない旅に出ることになる。アギナルドでは、サンドバール博士が以前から家畜飼料用にものすごい速度で成長する光合成菌体を開発しており、それを人間の食用とすることで生存を確保できる見通しが立っており、その菌体を他のコロニーに運び、人類の生存可能性を高めようとしているのであった。
 本書の見所はふたつ。ひとつは、この4つの人類拠点に起きる様々な政治的、組織的危機。誇張された中にも、なるほどな、と思わせる典型的なリーダーシップや危機対応が描かれる。
 もうひとつは、移動手段。これは根幹に関わってくるので書かないが、遺伝子組み換え技術、新素材開発技術、伝統的なロケット工学、などなど、ありそうでなさそうな、できてそうでできなさそうなアイディアが込められている。
 全体の鍵を握るフィリピンのコロニーは、民主的な大統領の下で牧歌的民主主義により平和に危機への対応がとられているが、商業主義・大企業的管理思想のアメリカ、かつてのソ連そのものの管理社会、科学者と技術者の関係がおもしろいNASAを彷彿とさせる月基地。それぞれのキーマンの個人的葛藤。
 さて、人類は生き残れるのか?
 それにしても、本書が発表されたのは1990年。ソヴィエト連邦が崩壊したのは1991年12月。しかし、1989年からのソ連周縁国(共産国)や東ドイツの崩壊とドイツ統一の流れの中でも小説世界は当時の冷戦終盤が基礎になっている。未来予測はかくのごとく難しいのである。
(2020.12)

女総督コーデリア

女総督コーデリア
GENTLEMAN JOLE AND THE RED QUEEN
ロイス・マクマスター・ビジョルド
2015
 ヴォルコシガン・シリーズは、主人公のマイルズの父アラール・ヴォルコシガンの死によってマイルズの旅が終わり、幕を閉じた。しかし、その世界は続く。このシリーズの前日譚「名誉のかけら」でアラールと惑星ベータのコーデリア・ネイスミスが出会い、様々な事件を経て結婚する。そして、マイルズが生まれ、物語がはじまる。そして、アラールが死に、コーデリアの物語となる。コーデリアはアラールの後を継いで惑星セルギアール総督となっていた。科学技術の進んでいる長命なコーデリアと、早逝したアラールの間には、もうひとり、影のパートナーが居た。現在、セルギアールの艦隊提督としてコーデリアを宇宙から支えるオリバー・ベリン・ジョール49歳。長年アラールの下で働き、同時に恋人でもあった。そのことは、コーデリアをはじめ、ごく限られた人たちにしか知られていない。アラールとコーデリアとオリバー。3人の関係は安定したものだったが、コーデリアとオリバーが性的な関係を持つことはほとんどなかった。アラールの死はふたりの関係を変えるものになる。3年の間、コーデリアとオリバーの関係は、惑星を統治するためのオフィシャルなものだけだったが、3年が過ぎ、ふたりの間に新たな関わりの兆しが訪れる。
 時代が変わってきたね。いいことだ。ビジョルドはSFやファンタジーの中で生き方の多様性、異質な者の出会いと共感、理解について書いてきたが、ここではオリバーを出すことで、性の多様性を受け入れることについて自然に書いている。2000年代に入って、性別と関係なく人称が同じである世界を書く作品とか、恋愛関係において同性、異性について特別な書き分けをしない自然な作品が増えてきた。本作もまた、アラールとオリバーの同性同士の関係、アラールとコーデリアの関係、コーデリアとオリバーの関係が物語に深みを与え、暖かくほっこりとした物語に仕立てている。上手だ。
 筋立て自体はSFというより設定された世界観での大人の恋愛小説といった感じ。
 いいね。
(2020.11.14)

物体E

物体E
STEAL THE STARS
ナット・キャシディ&マック・ロジャーズ
2017
 アメリカの小説世界は独特だ。オーディオブックが普及している。車社会のアメリカで長距離ドライブのお供に聞く連続ドラマ。ポッドキャストドラマを平行してノベライズしたのがこの作品である。ドラマなので配役があり、本作のひとりナット・キャシディは出演もしている。マック・ロジャーズがポッドキャスト版の脚本作家で、全体の骨子やストーリーはロジャーズがつくっている。それをノベライズするのがキャシディの仕事である。メディアミックス作品である。
 そのことを踏まえての話だが、SFとしては単純明快。恋愛小説、サスペンス小説でもある。落ちてきた宇宙船に生きているのか死んでいるのか分からない宇宙人ひとり。元米軍基地の敷地が広大な民間研究所になり、別の一般的な科学研究をしていることになっているが、地域住民は雇われず、働いている人たちはそっけない。周りは不審に思っているが、かつて基地だったこともあって、そういう関係には慣れている。
 新自由主義が進んだ世界、現実にもイラン戦争のころからアメリカは準軍事会社に戦争をビジネスとして委託していった。それが行き着いたのが本作の世界。多くの基地も民間に払い下げられ、多くのミッションが民間に払い下げられ、そして行き場を失った軍人は、民間で働くことになる。本作ではシエラ・コーポレーションが、この基地クイル・マリン研究所も、宇宙人も、宇宙船も所有している。そしてそこで働く「民間人」たちも。主人公のダクは研究所の警備主任。元米軍のレンジャーである。副官はパティ。ふたりの女性がこの難しい仕事をこなしていた。守秘、機密保全、安全確保。徹底した管理体制は、警備、研究職員を含め全員に「交際禁止」条項をサインさせれらている。広いとはいえ限られた人間関係には友情や愛情が訪れることもある。しかし、それは禁止されていた。
 ある日、新人のマット・セーレムが警備班に配属される。もちろん、彼もまた優秀な元軍人であった。若く、ハンサムで、ひとあたりがよく、匂いもいい。タグはマットに惹かれ、マットはタグに惹かれた。禁止された遊びは、遊びでは済まなくなる。ふたりはそれを知っていたし、副官のパティもそれを知っていた。最初から幸せになることが許されない恋愛。もし発覚すれば仕事を失うだけではない、シエラが所有する施設に入れられ、その後は、使い捨ての仕事で一生を終わることになる。さて、どうする。
 80年代から、新自由主義的な世界はSFでよく描かれている。政府に代わって企業が人々を支配する世界。企業に所属することで仕事、暮らし、インフラが保障される世界。企業国家などなど。それは2000年代に入ると、現実の世界でも笑いごとではなくなってきた。だから、ポッドキャストで、耳で聞くだけでも、SFと意識しなくても、ふつうに理解できる世界になった。それが、いまだ。
(2020.11.8)

君の彼方、見えない星

君の彼方、見えない星
HOLD BACK THE STAR’S
ケイティ・カーン
2017
 イギリスの恋愛SF。軌道上で母船の衛星から外に出たまま帰れなくなった恋人同士。残された酸素の時間は2時間もない。女性は宇宙飛行士。男性は調理スタッフ。ふたりは生存の可能性を探しながら、その限られた時間を過ごす。
 徐々に語られるふたりの出会い、つながり、関わり、世界。
 第三次世界大戦が起き、アメリカや中東、アジアは荒廃してしまった。限られた世界で、ヨーロッパを中心に紛争を防ぎ、多様性を対立にしないための新たな世界システムを生み出した。ヴォイヴォダ体制。人は数年ごとにローテーションで別のヴォイヴォダ地域に住むことになる。言葉や生活習慣が異なる中で、周りの人たちと協調して生きることを前提とした社会。さらに、結婚は婚姻規則で35歳以上とされている。それまでは不安定な世代と見なされ、自由恋愛は構わないが、あくまで同一ヴォイヴォダにいる間のことで、ヴォイヴォダが分かれたらその後も継続して恋愛関係を続けることは認められない。大人であることが求められる社会。
 そんななかで出会ったふたり。
 あくまでも多様性のある安定性の高い理想世界を維持するためのシステムの中で、ふたりは惹かれ、そしてともに宇宙で働き、いま進んでいる命の危機を迎える。
 ストーリーは、90分という限られた時間が徐々に過ぎていく間に、ふたりの出会いから社会システムが語られていく。SFとしては、この社会システムのありようや個人の思考、行動などが徐々に明らかにされていく。宇宙空間で限られた時間に生存を模索するという内容とふたつの領域でできている。
 ヨーロッパは、ふたつの世界大戦を経て、ドイツ、フランスという2大大国を中心に、いかに紛争を避け、ECからEU、そしてユーロ経済圏と政治、経済、社会の統合に向けての壮大な社会実験を行っている。戦争などによる支配ではなく、国際的な交渉と枠組みによりゆっくりとひとつになろうという人類の歴史上はじめての試みである。
 アメリカ合衆国が州単位で独立し、連邦制をとった18世紀、帝政ロシアが社会主義体制のソヴィエト連邦をつくった19世紀。それらとはまったく異なる20世紀の実験である。21世紀のいまイギリスがEUから離脱をはじめている。もともと大英帝国たるイギリスは、アメリカ合衆国との関係がヨーロッパ諸国とは違うという自負、フランス、ドイツとの潜在的敵対関係からユーロ圏には入らなかったし、EUとの間で微妙な関係を持っていた。しかし、その一方で北アイルランドなどとの関係においてはEUをうまく利用していたとも言える。EUとしても、イギリスの都合に配慮しながらも、イギリスを含めたEUという理想のためにがまんしていたと言える。経済的にもイギリスの存在は大きいことだし。
 21世紀になり、ロシア、中国、EU、アメリカ、(日本)などのありようが変化してきた。これから世界は、気候変動対策、エネルギー、水、食料問題とともに、経済社会体制の変更を余儀なくされる。はたして、どのような社会がうまれるのか、そのとき、ひとりひとりの個人と社会・政治体制との関係性はどうなるのか。ひとつの仮説として、こういうSFがある。
(2020.11.8)

巨神降臨

巨神降臨
ONLY HUMAN
シルヴァン・ヌーヴェル
2018
「巨神計画」「巨神覚醒」に続く第三部は「巨神降臨」。日本語タイトルの付け方がうまいね。「SLEEPING GIANT」「WAKING GODS」「ONLY HUMAN」直訳すると「眠れる巨人」「目覚めた神々」「人間だけ・人間かぎり」みたいな感じなのかな。
 第三部は、ネタバレ要素があることをご承知いただきたい。
 舞台はふたつ。地球と、それから、エッサット・エックトと呼ばれる異星人の星。
 今回はふたつの世界の人間と社会、政治のあり方について相互に共鳴しながら、その問題を問いかける作品になっている。
 もうひとつのテーマは親子。子どものことを思う親と、親の干渉が許せない子の確執。
 もちろん、中身はロボット大戦です。
 ただ違うのは、地球(人類)は、絶対的に力を持っていないということ。ことここに来ても、ロボットがどうやって動くのか、その機能のすべてを使いこなせない人類。そもそもその科学的背景を理解していないのだからしかたがない。数千年レベルで科学技術力が劣るのだ。
 異星人に攻められる以前に恐怖と絶望に駆られた地球人と地球の各国政府は、内側に対して敵を作りはじめる。ロボットパイロットの資質である異星人のDNA要素を元に、ロボットパイロット探しのために開発された技術を使って人々を選別し、収容所に入れ、そして、強権的政体に変わりはじめたのだ。分断と憎悪を煽る世界。収容所に入れる人たちは仮想の敵であり、仮想の加害者なのだ。収容所に入らずに暮らす人たちは仮想の被害者として、仮想の権利として収容所に入れることを、あるいは、その一部を殺戮することを必要悪とする社会。それは限りなきファシズムであり、最後には誰も残らない自滅への道なのだが、ますますエスカレートするばかりである。
 一方、エッサット・エックトは本来の皇帝を抱いているが、その皇帝の政治的権力を封じ、超民主主義とも言うべき評議会の合議制によって成り立っていた。ほぼすべてのことは、市民による投票によって判断される。小さなことは決まっても大きなことは簡単には決まらない。さらに、この星では、一度多くの星に分散し、それぞれの星で発展し、交流した後に惑星に戻り閉じこもった歴史を持つ。そのため、純血種と異星での遺伝的要素が入った非純血種の人々がいて、彼らには市民権が持たされていない。彼らの扱いをめぐってはまだすべてが決まらないのだ。地球で起きたできごとをめぐって、そして、数名の地球人がエッサット・エックトに呼び込まれたことをめぐって、非市民的な扱いの人々の不満が高まる。それは、皇帝、評議会・市民をまじえての社会的混乱を引き起こし始めた。
 シルヴァン・ヌーヴェルは、アニメ、特撮、映画などのフィギュアマニアであり、そもそも、それがきっかけで作品を書き始めている。しかし、その個人的背景には戦争や差別、分断というものに対する心からの拒否感と人間のもつ悪と良心、正義についての認識があるようだ。中身は巨大ロボットエンターテイメントだが、三部作を通して、人類の愚かさと可能性について書き上げようとしている姿がある。
(以下引用上巻324ページ)
わたしたちを引き渡すことで協力していると思っていた。そんなふうに聞かされたのだ。とんでもない。でたらめだ。だが彼らはそれを簡単に信じた。鵜呑みにして、次を求めた。自分たちが正しい側にいたいから、このばかげた話を喜んで信じ、世界で起こっている悪いことの責任を全部押しつける誰かを手に入れる。けっして何事にも疑問を持つ必要がなければ、きっとどんなにか居心地がいいだろう。(引用終わり)
 最上のエンターテイメントに込められた思い。
(2020.09)

巨神覚醒

巨神覚醒
WAKING GODS
シルヴァン・ヌーヴェル
2017
 3部作の2作品目。前作でようやくなんとか動いた地球の各地に埋められていた異星のロボット。テーミスと名付けられ、新設された国連地球防衛隊EDCの所属となった。分からないなりにも武器を使うことができるようになった今、現在の人類ではどうしようもない強力な力を持つことで、アメリカ1国が所有していたら世界の軍事バランスが壊れ、終末戦争になりかねない。そこで、妥協案としてできたのがEDCなのだ。さらに、もうひとつの理由付けとして、このロボットの本来の持ち主である異星人が必ずしも友好的ではないだろうと、そして、テーミスを人類が動かしたことでなんらかの動きが起きるかも知れないという恐怖があった。地球の各国政府はしぶしぶながらも協力体制を整えた。
 EDCの当面の主要任務は、パイロットが限定される理由の解明とテーミスの機能の解明である。また、一度死んだローズ・フランクリンが別の場所で発見された理由も分からない。さらに、インタビュアーが心の底から恐怖を感じた男の存在もある。彼は、インタビュアーさえ知らないテーミスの秘密や背景を知っているようなのだ。
 それらの前作で残された謎もある。
 そして、あれから9年、1体のロボットが忽然とロンドンの公園前に現れた。テーミスに似ているが、より大きく、より新しそうなロボット。EDCは英国政府に軍事的な行動をとらないよう自重を求めるとともに、テーミスを船でイギリスへと搬送はじめた。
 出現後、身動きもしないロボットに焦れた英国政府はテーミスの到着を待てず念のために攻撃部隊を近づけさせる。その接近を受けて突然攻撃を行うロボット。周辺には甚大な被害が。
 テーミスの到着と、パイロットによる機転によってなんとかロボットの動きを封じることができた。今回の事態を受けて、テーミスの移動は歩行以外にも瞬間的な移動方法があることを知ったEDCは、その方法の解明に全力を挙げていた。しかし、瞬間的な移動の方法を模索しているうちにその姿を消してしまう。どこに行った、テーミス。
 その不在のなかで、ロンドンに新たなロボットが姿を現す。ロンドンだけでなく、世界の主要都市に11体のロボットの姿が。
 地球に大きな危機が押し寄せる。
 異星人たちの目的はなにか、テーミスはそれを防げるのか、人類はどうなるのか?
 ついに地球を舞台にしたロボット大戦がはじまる、のか?
 今回もまたインタビューアーの記録や、それ以外にも手記、メール、通話記録などのファイルの積み重ねで物語が紡がれていく。
 ふたりのパイロットの関係性、ふたりの科学者のマッドな姿、EDC指揮官の苦悩、インタビュアーの秘密、などなど、ロボットに花を添えるストーリーも炸裂。
 さて、どうなる?
(2020.08)

巨神計画

巨神計画
SLEEPING GIANT
シルヴァン・ヌーヴェル
2016
 映画「パシフィック・リム」が公開されたのは2013年のこと。巨大ロボットといえば、映画「トランスフォーマー」は2007年からのシリーズ。もともとが1980年代にはじまっている。「ガンダム」や「エヴァ」など日本の巨大ロボットはアメリカ、ヨーロッパなどでも人気がある。しかし、SF小説としてはどうにも分が悪くなかなか本格的なSFとしては存在していなかった。「ガンダム」のインスピレーションともなったハインラインの「宇宙の戦士」のようなモビルスーツがせいぜいである。というのも、巨大ロボットは戦闘上でも建造上でも無理があるからだ。その重量、機動性から巨大さは宇宙空間においても地上においてもあまり意味を持たない。畏怖心を起こさせる神話性ぐらいである。
 巨大ロボットを出すとSFの設定がとたんに陳腐に思えてくるのだ。
 ところが、奇しくも2016年に発表された「ユナイテッド・ステイツ・オブ・ジャパン」と「巨神計画」は巨大ロボットをモチーフにした作品となった。前者は第二次世界大戦で日本とドイツが勝った世界における大日本帝国の巨大ロボットで、扱いにくい兵器であった。続編ではちょっと「エヴァ」っぽいロボットと伝統的巨大ロボットのロボット大戦的にもなったが、それを歴史改変ストーリーで押し通したところがある。
 本作のシリーズでは、巨大ロボットは人類の製造物ではない。それは遺跡として現代の地球に現れる。明らかに人類の科学技術力を遙かに上回る存在の手になるものだ。
 ローズ・フランクリンは、幼い頃、自転車で山の穴に落ちてしまう。そこには巨大な手が眠っていた。長じてローズは物理学者となり、アメリカ政府の秘密の機関に求められ、巨大な手の研究と他のパーツを探し、ロボットを完全体にするために働き始める。彼女の妄執ともいうべき執念と、このプロジェクトを支える謎の存在インタビュアーによって徐々にパーツが見つかり、それとともに巨大ロボットプロジェクトは少しずつ注目を集めるようになる。アメリカ大統領と直接のつながりをもち、軍を秘密裏に動かし、他国の要人や権力などとも交渉できるインタビュアーとはなにものか、そして、このロボットのパーツはどこから来たのか? 細かい部品が見当たらず他の部品とは断面同士を接することでくっついてしまう、エネルギー源さえわからないこのロボットは果たして動くのか? 動くとしたら、どうやって。ロボットパーツ探しと、操縦方法探しという物語と、未知の科学技術の存在に気がついた各国の動きが物語の軸となりおもしろさを醸し出す。
 第一、ロボットが簡単には動かない。物語の後半ではそれなりに動き出すのだが最後までロボットが持っていると考えられる本来の能力を発揮するわけではない。
 日本のロボットアニメで発掘ロボットと言えば「イデオン」がある。あれはイデオンそのものが巨大宇宙船で変形して巨大ロボットになるが、やはり使い道がよく分からず乗船クルーがえらい目に合う。それに近い設定だがそもそも駆動系が見当たらないロボットなので調べようにも調べようがない。頭が見つかって、操縦系と思われるヘルメットや操作盤があっても、誰でも動くというわけでなく、理由は分からないが特定の人物のみが動かすことができるロボット。動かすまでにとても時間がかかるというところは、決してアニメや漫画ではできない設定だ。パーツを集めることと、どうやって動かすか、がストーリーの本筋なのだ。それを読ませるのが小説のおもしろさ。
 異星人が出るわけでもなく、主人公のローズやパイロットになったメンバーが四苦八苦する姿や人間関係をひたすら読む。サスペンス仕立てで、インタビュアーによる登場人物のヒアリング記録として紡がれる。少し突き放したような展開が、読み手を飽きさせない。
(2020.08)

火星無期懲役

火星無期懲役
ONE WAY
S・J・モーデン
2019
 火星ものに目がない。最近では、アンディー・ウィアーの「火星の人」(映画オデッセイ)が良かった。実にいい。有人火星探査ミッションのひとつで到着後突然の砂嵐に襲われ、ひとりをロスト、センサーが途切れ、死亡したと判断し、やむなく置き去りにして緊急待避、ミッション中止しての帰還を選んだ。ところが、センサーは壊れただけで、怪我はしたものの生きていて、なんとか基地にたどり着き、手元にある資源を利用して生き延び、地球との交信を果たし、帰還の可能性を求め続けるというもの。「火星にひとりぼっち」である。
 イギリスの出版社が、この成功に目をつけ、火星を舞台にした作品を書いてくれないかと中堅SF作家にオファー。そうしてできあがったのが本作「火星無期懲役」である。原題は「一方通行」。こちらは「火星への片道切符」である。
 火星への有人探査ミッションが計画された。しかし、予算は厳しい。
 現在の延長にある新自由主義下の世界で公共サービスの多くは民営化されている。
 当然、刑務所も民営化されている。現代の日本でも民営化された刑務所はあって、政府にとってはコスト、企業にとっては利益に変わっている。
 宇宙開発は、かつて政府が計画、運営していた。しかし、いまや政府が計画し、運営の多くを民間に頼るようになっている。アメリカはスペースシャトルのあと、軍を除いては自前の有人宇宙船を持てず、スペースX社頼みだ。この延長上で火星有人探査を考えたら、どこまで民間企業に頼れるだろうか。ふつうに考えれば、優秀で金のかかった探査クルーが、火星に到着してから先に投下してある物資を使い、生存のための状況を整え、滞在基地を建設し、科学探査に取り組むだろう。しかし、もし、優秀で金のかかった探査クルーが火星に到着したらそこに基地があり、すぐにでも科学探査に取り組める状況になっているとしたら、より効果的効率的ではないだろうか。
 そこで、ある民間企業が事前建設計画を提案し、採択された。
 とはいえ、民間であっても、火星までの往復費用は巨額であるし、建設には大きなコストとリスクがかかる。動くお金は巨額であるが、利益を確保するにはそれだけ効率的なコストカットも必要だ。第一考えてみたら、通常通りに科学クルーが建設するのなら1回で済むところを、建設のためのロボットを送るのに追加のコストがかかるのだ。
 しかも、ロボットはメンテナンスが欠かせない。壊れたら元に戻らない。
 では、人間ではどうだろう。それでも、科学クルーとは別に建設クルーを送るのだから、相当のコストカットがないと利益は出せない。
 いやいや、民間企業が運営している刑務所には、様々な技能をもつ受刑者もいるだろう。殺人罪などで一生刑務所から出ることが許されない受刑者の中には、ある程度の自由と引き換えに火星に行くものもあるだろうし、行かせるようにしむけることも可能だろう。
 受刑中の自由という動機があれば、そして、落後すれば最悪の刑務所に送られるという動機があれば、厳しい訓練にも真剣に取り組むだろう。なぜなら、彼らは受刑者だから。
 そうして選別された7人の受刑者たちと1人の管理者。火星の基地建設というミッションをこなしながらも1人ずつ死んでいく。それは事故か、殺人か?
 息子のために殺人をおかした建設のプロ・フランクが、火星という極限の状況の中で生き残り、真相を明らかにしようとする。
 これぞ、火星SFである。
 SFサスペンスでもあるが、火星という生存不能でも条件を整えれば過ごせる環境をいかした作品。イギリスの作家らしいブラックユーモアやちょっとペシミスティックな仕上がりが火星にぴったり。いい、実にいい。
(2020.08)